日別アーカイブ: 2024年7月8日

拡散係数もいろいろ(9)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

平均二乗変位と拡散係数の関係

ブラウン運動の理論によると、1次元系の拡散係数\(D\)は

$$\overline{\Delta x^2}=\overline{{(x(t)-x(0))}^2}=2Dt\label{meansquare}\tag{9.1}$$

のように平均二乗変位\(\overline{\Delta x^2}\)に関係づけられます。3次元なら

$$\overline{\Delta r^2}=\overline{{(r(t)-r(0))}^2}=6Dt\tag{9.2}$$

です。

 1次元系において、時間\(t\)を\(n\)個の微小時間\(\Delta t_i\) \((i=1,2,⋯,n)\)に区切り、各微小時間における変位を\(l_i\) \((i=1,2,⋯,n)\)とすると、平均二乗変位\(\overline{\Delta x^2}\)は

$$\overline{\Delta x^2}=\left < {\left(\sum_{i=1}^nl_i \right)}^2 \right >=\sum_{i=1}^n\left < {l_i}^2 \right >+2\sum_{i=1}^{n-1}\sum_{j>i}^n\left < l_il_j \right >\tag{9.3}$$

と書けます。ブラウン運動する粒子の異なる時間の変位は無相関であり、

$$\left < l_il_j \right >=0,\;\;\;\;i\neq j\tag{9.4}$$

が成り立つので、式\(\eqref{meansquare}\)は

$$2Dt=\sum_{i=1}^n\left < {l_i}^2 \right >=n\left< {l}^2 \right >\tag{9.5}$$

と書けます。今、議論を簡単にするため、どの微小時間\(\Delta t_i\)も等しく\(\Delta t_i=\Delta t\)と仮定すると

$$n\left< {l}^2 \right >=2nD\Delta t\tag{9.6}$$

となり、拡散係数は

$$D=\frac{\left< {l}^2 \right >}{2\Delta t}\label{diffusivity9}\tag{9.7}$$

と書けることになります。式\(\eqref{diffusivity9}\)において、\(\Delta t\)を平均自由時間\(\overline{t}\)、\(\left< {l}^2 \right >\)を平均自由行程\(\overline{l}\)の二乗とおくと、1次元系の拡散係数は

$$D=\frac{\overline{l}^2}{2\overline{t}}\label{diffusivity9a}\tag{9.8}$$

3次元では

$$D=\frac{\overline{l}^2}{6\overline{t}}\tag{9.9}$$

となり、1/2の係数がかかることになります。

 前回までの議論で、せっかく\(D=\overline{l}^2/3\overline{t}\)で話がまとまりそうだったのに、ブラウン運動理論を考えたら、1/2の係数の問題が再燃してしまいました。いったいどう考えればよいのでしょうか?

 ここでもやはり、「平均」をどう考えるかが鍵を握っています。式\(\eqref{diffusivity9}\)から式\(\eqref{diffusivity9a}\)に進むとき、\(\left< {l}^2 \right >\)を平均自由行程\(\overline{l}\)の二乗とおいたのですが、この平均操作では、

$$p(l)=\delta(l-\overline{l})\tag{9.10}$$

というデルタ関数分布を暗に仮定していたことになります。この場合、拡散係数は

$$D=\frac{\left< {l}^2 \right >}{2\overline{t}}=\frac{1}{2\overline{t}}\int_0^\infty l^2p(l)dl =\frac{1}{2\overline{t}}\int_0^\infty l^2\delta(l-\overline{l})dl =\frac{\overline{l}^2}{2\overline{t}}\label{diffusivity9b}\tag{9.11}$$

で与えられるのです。ブラウン運動理論では、\(\Delta t\)の間の移動量が\(\overline{l}\)に限定される簡単な酔歩モデルがよく用いられますが、その例では式\(\eqref{diffusivity9b}\)でよいのです。

 一方、衝突イベントが定常ポアソン過程となる場合、自由行程の分布は指数分布

$$p(l)=\frac{1}{\overline{l}}e^{-\frac{l}{\overline{l}}}\tag{9.12}$$

となります。この場合は

$$\begin{eqnarray}D&=&\frac{\left< {l}^2 \right >}{2\overline{t}}=\frac{1}{2\overline{t}}\int_0^\infty l^2p(l)dl =\frac{1}{2\overline{t}}\int_0^\infty l^2\frac{1}{\overline{l}}e^{-\frac{l}{\overline{l}}}dl{\overline{t}}\\&=&\frac{1}{2\overline{t}}\cancel{{\left [- l^2 e^{-\frac{l}{\overline{l}}}\right] }_0^\infty}+\frac{1}{2\overline{t}}\int_0^\infty2le^{-\frac{l}{\overline{l}}}dl\\&=&\frac{1}{\overline{t}}\int_0^\infty le^{-\frac{l}{\overline{l}}}dl\\&=&\frac{1}{\overline{t}}\cancel{{\left [- l\overline{l} e^{-\frac{l}{\overline{l}}}\right] }_0^\infty}+\frac{1}{\overline{t}}\int_0^\infty \overline{l}e^{-\frac{l}{\overline{l}}}dl\\&=&\frac{1}{\overline{t}}\int_0^\infty \overline{l}e^{-\frac{l}{\overline{l}}}dl\\&=&\frac{1}{\overline{t}}{\left [- \overline{l}^2 e^{-\frac{l}{\overline{l}}}\right] }_0^\infty=\frac{\overline{l}^2}{\overline{t}}\tag{9.13}\end{eqnarray}$$

となり、1/2の係数が消えます。3次元の場合はもちろん、

$$D=\frac{\overline{l}^2}{3\overline{t}}\tag{9.14}$$

です。

 

拡散係数もいろいろ(8)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

前回の記事で導出した無衝突で進める確率を用いて、第4回の記事で示した拡散係数を定式化しなおしてみましょう。図8.1に示すように、 \(x\)軸方向に電子密度\(n(x)\)が変化している、温度が一様な導体を考えます。今度は、\(x=x_0\)の面に到達する電子の出発位置を限定せず、距離に応じた到達確率を乗じて全区間で積分することによって、拡散流量を求めます。

図8.1 拡散係数の定式化に用いるモデル

 

\(x=x_0-x_{-}\)の位置にある電子に注目してみましょう。ここにある電子の1/2が\(+x\)方向を向いているので、平均自由時間\(\overline{t}\)内に\(x=x_0\)の面に到達する可能性がある電子は\(\frac{1}{2}n(x_0-x_{-})dx\)です。これに到達確率\(P_{\rm free}(x_{-})\)を乗じた個数が、無衝突で\(x=x_0\)に到達できます。位置\(x_{-}\)から\(+x\)方向に通過する電子の平均流束を\(f_+(x_{-})dx\)とすると、

$$f_+(x_{-})dx=n(x_0-x_{-})P_{\rm free}(x_{-})\frac{dx}{2\overline{t}}\tag{8.1}$$

と書けます。同様に、位置\(x_{+}\)から\(-x\)方向に通過する電子の平均流束\(f_{-}(x_{+})dx\)は

$$f_-(x_{+})dx=n(x_0+x_{+})P_{\rm free}(x_{+})\frac{dx}{2\overline{t}}\tag{8.2}$$

以上から、\(x=x_0\)における\(+x\)方向への正味の流束\(F_x\)は

$$\begin{eqnarray}F_x &=&\int_0^\infty dx \left \{ f_+(x) – f_{-}(x)\right \}\\&=& \int_0^\infty dxP_{\rm free}(x)\frac{1}{2\overline{t}}\left\{n(x_0-x)-n(x_0+x)\right\}\\&=&-\frac{1}{2\overline{t}}\int_0^\infty dxP_{\rm free}(x)\frac{dn}{dx}\cdot 2x \\&=&-\frac{1}{\overline{t}}\frac{dn}{dx}\int_0^\infty  x P_{\rm free}(x)dx\label{netflux}\tag{8.3}\end{eqnarray}$$

となります。

 ここで、前回求めた到達確率の式

$$P_{\rm free}(x)=e^{-\frac{x}{\overline{l_x}}}\tag{8.4}$$

を式\(\eqref{netflux}\)に代入すると、

$$F_x=-\frac{1}{\overline{t}}\frac{dn}{dx}\int_0^\infty x e^{-\frac{x}{\overline{l_x}}}dx=-\frac{\overline{l_x}^2}{\overline{t}}\frac{dn}{dx}=-\overline{v_x}\overline{l_x}\frac{dn}{dx}\tag{8.5}$$

となり、ジィーの本で書かれている拡散係数

$$D=\overline{v_x}\overline{l_x}\tag{8.6}$$

と一致します。3次元なら

$$D=\frac{1}{3}\overline{v}\overline{l}\tag{8.7}$$

です。


 あるいはもし、\(P_{\rm free}(x)\)として

$$P_{\rm free}(x)=\left\{\begin{array}{ll}1,&x\leq\overline{l_x}\\0,&x>\overline{l_x}\end{array}\right.\tag{8.8}$$

を仮定すると、

$$F_x=-\frac{1}{\overline{t}}\frac{dn}{dx}\int_0^{\overline{l_x}} x dx=-\frac{\overline{l_x}^2}{2\overline{t}}\frac{dn}{dx}=-\frac{\overline{v_x}\overline{l_x}}{2}\frac{dn}{dx}\tag{8.9}$$

となり、アンダーソンらの本の拡散係数と同様、1/2の係数がつくことになります。3次元なら

$$D=\frac{1}{6}\overline{v}\overline{l}\tag{8.10}$$

です。


 以上から、ジィーとアンダーソンの拡散係数の違いが、無衝突距離の確率分布の違いで説明できることがわかりました。適切な式はどちらかと言えば、指数関数の到達確率で導かれる

$$D=\frac{1}{3}\overline{v}\overline{l}\tag{8.7 再掲}$$

の方でしょう。


 ここまで詳しく見ていくと、\(D=\overline{v}\overline{l}/3\)という拡散係数の式の導き方にも、いろいろツッコミどころが残ることがわかります。

  • 無衝突で進んだ電子のみカウントしているが、衝突したら電子が停止してしまうわけでないのだから、複数回散乱して\(x=x_0\)面に到達する確率も考慮すべきではないか。
  • そもそも、1回の衝突で過去の運動の履歴が完全に忘却され、次の進行方向が等方的になるという仮定に無理がある。
  • 「\(x=x_0-x_{-}\)の位置にある電子のうち、右向きの速度を持つ1/2の電子が\(x=x_0\)面に到達する可能性がある」としているが、ほとんどゼロに近い\(v_x\)を持っている電子も結構あるので、1/2は過大評価ではないか。この傾向は\(x=x_0\)から離れるほど顕著になるはずである。

上記の指摘は至極真っ当で、このような問題点を改善しようとした仕事も過去に行われたようですが、満足のいく定式化には至っていないようです。無理に係数を特定せず、パウリの本ランダウ-リフシッツの本のように、係数に曖昧さを明示的に残しておくことが、最も誠実な書き方と言えるでしょう。

拡散係数もいろいろ(7)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

距離\(r\)まで無衝突で進める確率を定式化する

電子が無衝突で進める距離\(r\)の確率も、指数分布に従うと考えられます。今回は、この確率分布を簡単なモデルを使って導出してみましょう。

図7.1 等方的散乱の模式図

 

 今、ある電子が、最後に衝突イベントを経験してから、距離\(r\)を無衝突で進んだとし、距離\(r\)と\(r+dr\)の間で次の衝突が起こる確率を考えましょう。この散乱は図7.1に示すように等方的で、衝突後に進む方向は球対称となります。電子の散乱を引き起こす散乱中心の個数密度を\(N_s\)、散乱中心の衝突断面積を\(\sigma\)とおくと、半径\(r\)、厚さ\(dr\)の球殻の体積が\(4\pi r^2dr\)であるので、微小区間\(dr\)の衝突確率は

$$\frac{N_s4\pi r^2 dr\sigma}{4\pi r^2}=N_s\sigma dr\tag{7.1}$$

となります。よって、微小距離\(dr\)を無衝突で進める確率は

$$1-N_s\sigma dr \tag{7.2}$$

です。距離\(r\)を無衝突で進む確率\(p_{\rm free}(r)\)と、距離\(r+dr\)を無衝突で進む確率\(p_{\rm free}(r+dr)\)の間には

$$ p_{\rm free}(r+dr) = p_{\rm free}(r)(1-N_s\sigma)dr\tag{7.3}$$

という関係が成り立つことになります。この式から次の微分方程式

$$ \frac{d p_{\rm free}}{dr}=\frac{p_{\rm free}(r+dr) – p_{\rm free}(r)}{dr}=-N_s\sigma p_{\rm free}(r)\tag{7.4}$$

が導かれるので、一般解を求めると

$$p_{\rm free}(r)=C e^{-N_s\sigma r}\tag{7.5}$$

となります。規格化条件

$$\int_0^\infty p_{\rm free}(r)dr=1\tag{7.6}$$

より、

$$p_{\rm free}(r)=N_s\sigma e^{-N_s\sigma r}\tag{7.7}$$

となります。

 無衝突で進める距離の平均が平均自由行程\(\overline{l}\)なので、

$$\overline{l}=\int_0^\infty rp_{\rm free}(r)dr=\int_0^\infty rN_s\sigma e^{-N_s\sigma r}dr=\frac{1}{N_s\sigma}\tag{7.8}$$

よって、\(p_{\rm free}(r)\)は

$$p_{\rm free}(r)=\frac{1}{\overline{l}}e^{-\frac{r}{\overline{l}}}\tag{7.9}$$

と表されます。

  ここで少し視点を変えて、今\(r=0\)の位置にある電子が、この先\(r\)まで無衝突で進める確率はどのくらいか?、という問題を考えてみましょう。\(p_{\rm free}(r)dr\)は「\(r\)と\(r+dr\)の区間で初めて次の衝突が起こる確率」を表していますから、距離\(r\)進む間のどこかで衝突が起こる確率は、累積確率

$$\int_0^r p_{\rm free}(r^\prime)dr^\prime\tag{7.10}$$

で表されます。ということは、距離\(r\)進む間に衝突が起きない確率を\(P_{\rm free}(r)\)とすると、

$$P_{\rm free}(r)=1-\int_0^r p_{\rm free}(r^\prime)dr^\prime=e^{-\frac{r}{\overline{l}}}\tag{7.11}$$

と表せることになります。

拡散係数もいろいろ(6)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

そもそも「平均」とは何か?

一般に、確率変数\(X\)の期待値\(\left<X\right>\)は

$$\left<X\right>=\int Xp(X)dX\tag{6.1}$$

で計算されます。ここで\(p(X)\)は確率密度関数です。\(p(X)dX\)が、確率変数\(X\)が\(X\)と\(X+dX\)の値を取る確率を表します。

衝突が起きない時間(無衝突時間)が\(t\)秒間続いたあとで、\(t\)から\(t+dt\)の間に衝突が起こる確率を\(p(t)dt\)とすると、平均自由時間\(\left<t\right>\)は

$$\left<t\right>=\int_0^{\infty}tp(t)dt\tag{6.2}$$

で計算されます。もし\(p(t)\)を

$$p(t)=\left\{\begin{array}{ll}\frac{1}{\overline{t}},&t<\overline{t}\\0,&t\geq\overline{t}\end{array}\right.\label{uniform}\tag{6.3}$$

という一様分布(図6.1(a)参照)と仮定するなら、

$$\left<t\right>=\int_0^{\overline{t}}\frac{t}{\overline{t}}dt=\frac{1}{\overline{t}}{\left [\frac{1}{2}t^2 \right ]}_0^{\overline{t}}=\frac{\overline{t}}{2}\label{meanuni}\tag{6.4}$$

となり、ドルーデが最初に定式化したドリフト移動度の式

$$\mu=\frac{q\overline{t}}{2m}  (←間違い!)\label{drude}\tag{5.1 再掲}$$

が導かれます。

図6.1 一様分布と指数分布

 

一方、電子の衝突は全く偶発的に起こるイベントと考えられ、定常ポアソン過程で記述されます。その場合、衝突と衝突の時間間隔が従う分布関数\(p(t)\)は、指数分布

$$p(t)=\frac{1}{\overline{t}}e^{-\frac{t}{\overline{t}}}\label{expdist}\tag{6.5}$$

に従います(図6.1(b)参照)。そうすると、無衝突時間の平均は

$$\left<t\right>=\int_0^{\overline{t}}t\frac{1}{\overline{t}}e^{-\frac{t}{\overline{t}}}dt=\overline{t}\label{meanexp}\tag{6.6}$$

となり、正しいドリフト移動度の式

$$\mu=\frac{q\overline{t}}{m}  (←正しい!)\tag{5.5 再掲}$$

が導かれます。

式\(\eqref{uniform}\)の一様分布では、上限の\(\overline{t}\)を超えて無衝突時間が継続することはありませんが、式\(\eqref{expdist}\)では非常に長く無衝突時間が継続することも、低い確率ながら起こりえます。持続時間が長いサンプルは、積分する際に時間が大きな重みとして効いてきますので、発生確率が低くてもそれなりに期待値に寄与するのです。その結果、式\(\eqref{meanexp}\)のように期待値が式\(\eqref{meanuni}\)の2倍になるのです。

このように、一口に「平均」と言っても、どんな確率分布を想定するかによって、その結果は顕著に変わりうるのです。

拡散係数もいろいろ(5)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

ドルーデも1/2倍していた!

係数に1/2倍の違いが生じる問題は、第2回で少し触れたように、ドリフト移動度\(\mu\)でも起こっていました。ドルーデが1900年に発表した電気伝導理論の論文

$$\mu=\frac{q\overline{t}}{2m}  (←間違い!)\label{drude}\tag{5.1}$$

と定式化されていたのです。この問題を掘り下げていくと、拡散係数の1/2倍の違いの原因も見えてきます。まず、ドリフト移動度についておさらいをしたのち、どうして移動度を式\(\eqref{drude}\)で表したのか、式\(\eqref{drude}\)がどうして誤りだという結論に至ったのか、見ていくことにしましょう。

図5.1 導体中の電子の運動の軌跡。(a)電界が印加されていないとき。(b)電界が印加されているとき。

 

図5.1は、導体中の電子の運動の軌跡を模式的に示した図です。図5.1(a)は外から電界が印加されていない状態です。電子は熱エネルギーをもって絶えずブラウン運動していますが、不純物イオンやフォノンなどと衝突を起こす度に頻繁に移動方向を変え、移動方向は完全にランダムになります。時間平均を取ると特定の方向への移動はなくなり、正味の電流はゼロとなります。

図5.1(b)は、外部から電界を印加したときの様子です。この場合も電子はランダムな運動をしますが、衝突イベントと衝突イベントの間に電界によって加速されます。長時間平均を取ると、電子は定常的な速度\(\boldsymbol{v}_d\)で電界ベクトルの方向(と逆向き)に移動する傾向を示します。 \(\boldsymbol{v}_d\)がドリフト速度です。

電子のドリフト移動度\(\mu\) (cm\({}^2\)・V\({}^{-1}\)s\({}^{-1}\))は、次式で定義されます。

$$\mu\equiv -\frac{\boldsymbol{v}_d}{\boldsymbol{E}}\tag{5.2}$$

\(\boldsymbol{E}\)(V/cm)は外部から印加する電界です。この式、つまりドリフト速度を、平均自由時間\(\overline{t}\)を使った微視的な描像で定式化してみましょう。

今、外部電界\(E\)が\(x\)軸方向に一様に印加されているとし、個々の電子がニュートン方程式に従って運動するとみなすと、運動方程式の\(x\)成分は

$$m\frac{d v_x}{dt}=-qE\tag{5.3}$$

となります。直近の衝突が時刻0で起こったとし、次の衝突が起こる前の時刻を\(t\)とすると、運動方程式の解は

$$m v_x(t)-mv_x(0)=-qEt\tag{5.4}$$

となります。これを多数の電子についてアンサンブル平均をとると、

$$m\left <v_x(t)-v_x(0)\right >=-qE\left<t\right>\tag{5.4}$$

となります。左辺の\(\left <v_x(t)-v_x(0)\right >\)は、衝突と衝突の間に獲得する速度の平均なので、これがドリフト速度 \(v_d\)とみなせます。右辺の\(\left < t\right >\)は、電界によって加速される時間のアンサンブル平均です。これを平均自由時間、すなわち\(\left<t\right>=\overline{t}\)とみなせば、

$$\mu=\frac{q\overline{t}}{m}  (←正しい!)\tag{5.5}$$

となり、期待どおりのドリフト移動度の式が導かれます。

一方、ドルーデが最初に示した式\(\eqref{drude}\)では、 \(\left < t \right > =\overline{t}/2\)としていることになります。

どうして1/2倍したくなるのか?

ドルーデが\(\mu=q\overline{t}/(2m)\)を採用する決め手となった理由はおそらく、金属の電気伝導度と熱伝導度の比が温度に比例するというヴィーデマン・フランツ則が、 \(\mu=q\overline{t}/(2m)\)とおくことで、当時の古典論の枠組みで定量的に説明できた(できてしまった)からだと想像できます。しかし、ドルーデほどの人がつじつま合わせをしたわけではないでしょうから、1/2倍した明確な根拠もあったはずです。

ドルーデがどうして\(\mu=q\overline{t}/(2m)\)としたのか、真意はわかりませんが、次のように考えれば、1/2をつけたくなる気持ちが想像できます。

図5.2 時間と獲得速度の関係

 

図5.2は、時間間隔\(\overline{t}\)で衝突する典型的な電子が、電界から獲得する速度と時間の関係を示したグラフです。前の衝突から次の衝突までの間、速度は時間に比例して増加します。衝突の度に速度はリセットされ、熱運動以外の速度成分はゼロとなります。すると、平均自由時間\(\overline{t}\)内に電界によって増える速度成分の時間平均は、最終的に獲得する速度\(qE\overline{t}/m\)の1/2となります。

一見まっとうな考え方に思えますが、一体、この考え方のどこが良くないのでしょう? この疑問は、「平均値」を計算する際に暗に想定している「確率分布」の違いに気づくことで解消できます。