拡散係数もいろいろ(6)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

そもそも「平均」とは何か?

一般に、確率変数\(X\)の期待値\(\left<X\right>\)は

$$\left<X\right>=\int Xp(X)dX\tag{6.1}$$

で計算されます。ここで\(p(X)\)は確率密度関数です。\(p(X)dX\)が、確率変数\(X\)が\(X\)と\(X+dX\)の値を取る確率を表します。

衝突が起きない時間(無衝突時間)が\(t\)秒間続いたあとで、\(t\)から\(t+dt\)の間に衝突が起こる確率を\(p(t)dt\)とすると、平均自由時間\(\left<t\right>\)は

$$\left<t\right>=\int_0^{\infty}tp(t)dt\tag{6.2}$$

で計算されます。もし\(p(t)\)を

$$p(t)=\left\{\begin{array}{ll}\frac{1}{\overline{t}},&t<\overline{t}\\0,&t\geq\overline{t}\end{array}\right.\label{uniform}\tag{6.3}$$

という一様分布(図6.1(a)参照)と仮定するなら、

$$\left<t\right>=\int_0^{\overline{t}}\frac{t}{\overline{t}}dt=\frac{1}{\overline{t}}{\left [\frac{1}{2}t^2 \right ]}_0^{\overline{t}}=\frac{\overline{t}}{2}\label{meanuni}\tag{6.4}$$

となり、ドルーデが最初に定式化したドリフト移動度の式

$$\mu=\frac{q\overline{t}}{2m}  (←間違い!)\label{drude}\tag{5.1 再掲}$$

が導かれます。

図6.1 一様分布と指数分布

 

一方、電子の衝突は全く偶発的に起こるイベントと考えられ、定常ポアソン過程で記述されます。その場合、衝突と衝突の時間間隔が従う分布関数\(p(t)\)は、指数分布

$$p(t)=\frac{1}{\overline{t}}e^{-\frac{t}{\overline{t}}}\label{expdist}\tag{6.5}$$

に従います(図6.1(b)参照)。そうすると、無衝突時間の平均は

$$\left<t\right>=\int_0^{\overline{t}}t\frac{1}{\overline{t}}e^{-\frac{t}{\overline{t}}}dt=\overline{t}\label{meanexp}\tag{6.6}$$

となり、正しいドリフト移動度の式

$$\mu=\frac{q\overline{t}}{m}  (←正しい!)\tag{5.5 再掲}$$

が導かれます。

式\(\eqref{uniform}\)の一様分布では、上限の\(\overline{t}\)を超えて無衝突時間が継続することはありませんが、式\(\eqref{expdist}\)では非常に長く無衝突時間が継続することも、低い確率ながら起こりえます。持続時間が長いサンプルは、積分する際に時間が大きな重みとして効いてきますので、発生確率が低くてもそれなりに期待値に寄与するのです。その結果、式\(\eqref{meanexp}\)のように期待値が式\(\eqref{meanuni}\)の2倍になるのです。

このように、一口に「平均」と言っても、どんな確率分布を想定するかによって、その結果は顕著に変わりうるのです。