日別アーカイブ: 2024年7月20日

再考:ドライ酸化の初期異常

 完全拡散律速成長モデルでは、ドライ酸化にみられる初期異常の解釈がDeal-Groveモデルの場合と180度変わります。今回は、このことを詳しく見ていきましょう。


 下図は、Deal-Groveモデルと完全拡散律速モデルを並べて比較したものです。微分方程式の概形は全く同じで、放物型定数\(B\)も同じ。違うのは定数\(A\)ですが、

$$\kappa \equiv \frac{D_0}{L\int_{x_0-L}^{x_0}\exp\left [\frac{\Delta E(x)}{k_BT}\right ]dx-L}\label{kappa}\tag{1}$$

とおけば、線形速度定数\(B/A\)の式もDeal-Grove方程式と見た目が一緒になります。「完全拡散律速モデルといっても単に界面反応速度定数\(k\)の解釈を変えただけで、何も新しくないじゃないか」と批判されてしまいそうですが・・・、果たしてそうでしょうか?

 重要な変更点は、式\(\eqref{kappa}\)の速度定数\(\kappa\)が拡散係数\(D_0\)に比例するようになった点です。これにより、ドライ酸化にみられる初期異常の解釈がDeal-Groveモデルと変わってくるのです。

Fargeixの解析」の回で、ドライ酸化の初期異常は、界面反応速度定数\(k\)が大きくなるか、あるいは拡散係数\(D_0\)が初期段階で低下していないと説明できない、という話をしました。DealとGroveは1965年の論文[1]で初期増速拡散説を唱えましたが、1983年のこのFargeixの解析[2]で否定されてしまったのです。

 ところが、完全拡散律速モデルでは、この初期増速拡散説が復活します。Fargeixの解析にしたがって、酸化速度の逆数\(dt/dx_0\)の振る舞いを調べてみましょう。拡散係数\(D_0\)が酸化膜厚\(x_0\)に依存するとして、\(dt/dx_0\)を酸化膜厚\(x_0\)で微分すると

$$\begin{eqnarray}\frac{d}{dx_0}\left ( \frac{dt}{dx_0}\right ) &=&\frac{d}{dx_0}\left ( \frac{A}{B}+\frac{2}{B}x_0\right )\\&=&\frac{d}{dx_0}\left ( \frac{A}{B}\right ) +\frac{d}{dx_0} \left (\frac{2}{B}\right )x_0+\frac{2}{B}\\&=&-\left ( \frac{A}{B}+\frac{2}{B}x_0\right )\frac{1}{D_0} \frac{dD_0}{dx_0}+\frac{2}{B}\end{eqnarray}$$

となります。最後の式の第1項

$$-\left ( \frac{A}{B}+\frac{2}{B}x_0\right )\frac{1}{D_0} \frac{dD_0}{dx_0}$$

が初期異常による、線形-放物型曲線からのずれに相当します。Fargeixが示したように、酸化速度の逆数\(dt/dx_0\)の勾配は\(x_0\rightarrow 0\)で増大しますので、\(dD_0/dx_0 <0\)でないといけません。つまり、酸化膜厚が薄くなるほど\(D_0\)が増大しなければ初期異常を説明できなくなるのです。これはDeal-Grove方程式とは真逆の結論です

[1] B. E. Deal, A. S. Grove, J. Appl. Phys. 36, 3770 (1965).
[2] A. Fargeix, G. Ghibaudo, G. Kamarinos, J. Appl. Phys. 54, 2878 (1983).

完全拡散律速モデル(3)

 前回新たに導出した定式化した式をつかって、酸化速度の実験値を再現するような構造遷移領域の厚さ\(L\)を求めてみましょう。

新しい酸化速度方程式では、定数\(B\)はDeal-Grove方程式と一緒ですが、定数\(A\)は

$$A= 2L\int_{x_0-L}^{x_0}\exp \left [ \frac{\Delta E(x)}{k_BT}\right ]dx-2L+2D_0/h\label{a}\tag{1}$$

のように、構造遷移領域の厚さ\(L\)と構造遷移領域内の拡散障壁の増分\(\Delta E(x)\)に依存します。様々な温度における\(A\)の実験値がDeal-Groveの論文[1]に載っていますから、\(\Delta E(x)\)を適当に仮定すれば、実験値から\(L\)を求めることができます。

 式\(\eqref{a}\)の中で、\(2D_0/h\)は無視します。酸化膜中の酸化種の拡散係数\(D_0\)と比べて、気相物質輸送係数\(h\)の方が圧倒的に大きいからです。DealとGroveの論文[1]でもそう仮定して解析していますし、この仮定は全く問題ありません。

 また、\(\Delta E(x)\)ですが、線形速度定数\(B/A\)の活性化障壁が2eVなので、SiO2/Si界面における拡散障壁が約2eVになっていると考えると、\(\Delta E(x_0)\)は活性化障壁2eVから、界面から十分離れた酸化膜中の拡散障壁1.24eVを引いた値となるので

$$\Delta E(x_0) = 2.0 – 1.24 = 0.76 ({\rm eV})$$

とおけます。

 下の表に、\(\Delta E(x)\)の関数形をいくつか適当に仮定して計算した、定数\(A\)の実験値を再現する\(L\)の値を示します。温度によって変わりますが、概ね1nm弱になっていることがわかります。いろいろな実験で指摘されていた、SiO2/Si界面近傍の構造遷移領域の厚さと一致しているので、この完全拡散律速モデルの妥当性を裏付けていると言えるでしょう。

 なお、(c)のDiscretizedモデルは、数原子層程度と非常に薄い構造遷移領域をよりリアルに表現するため、離散化した拡散モデルを用いた場合の結果です。導出は複雑になるのでここでは示していませんが、知りたい方は論文[2]をご覧ください。

[1] B. E. Deal, A. S. Grove, J. Appl. Phys. 36, 3770 (1965).
[2] T. Watanabe, K. Tatsumura, I. Ohdomari, Phys. Rev. Lett., 96, 196102 (2006).