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再考:ドライ酸化の初期異常

 完全拡散律速成長モデルでは、ドライ酸化にみられる初期異常の解釈がDeal-Groveモデルの場合と180度変わります。今回は、このことを詳しく見ていきましょう。


 下図は、Deal-Groveモデルと完全拡散律速モデルを並べて比較したものです。微分方程式の概形は全く同じで、放物型定数\(B\)も同じ。違うのは定数\(A\)ですが、

$$\kappa \equiv \frac{D_0}{L\int_{x_0-L}^{x_0}\exp\left [\frac{\Delta E(x)}{k_BT}\right ]dx-L}\label{kappa}\tag{1}$$

とおけば、線形速度定数\(B/A\)の式もDeal-Grove方程式と見た目が一緒になります。「完全拡散律速モデルといっても単に界面反応速度定数\(k\)の解釈を変えただけで、何も新しくないじゃないか」と批判されてしまいそうですが・・・、果たしてそうでしょうか?

 重要な変更点は、式\(\eqref{kappa}\)の速度定数\(\kappa\)が拡散係数\(D_0\)に比例するようになった点です。これにより、ドライ酸化にみられる初期異常の解釈がDeal-Groveモデルと変わってくるのです。

Fargeixの解析」の回で、ドライ酸化の初期異常は、界面反応速度定数\(k\)が大きくなるか、あるいは拡散係数\(D_0\)が初期段階で低下していないと説明できない、という話をしました。DealとGroveは1965年の論文[1]で初期増速拡散説を唱えましたが、1983年のこのFargeixの解析[2]で否定されてしまったのです。

 ところが、完全拡散律速モデルでは、この初期増速拡散説が復活します。Fargeixの解析にしたがって、酸化速度の逆数\(dt/dx_0\)の振る舞いを調べてみましょう。拡散係数\(D_0\)が酸化膜厚\(x_0\)に依存するとして、\(dt/dx_0\)を酸化膜厚\(x_0\)で微分すると

$$\begin{eqnarray}\frac{d}{dx_0}\left ( \frac{dt}{dx_0}\right ) &=&\frac{d}{dx_0}\left ( \frac{A}{B}+\frac{2}{B}x_0\right )\\&=&\frac{d}{dx_0}\left ( \frac{A}{B}\right ) +\frac{d}{dx_0} \left (\frac{2}{B}\right )x_0+\frac{2}{B}\\&=&-\left ( \frac{A}{B}+\frac{2}{B}x_0\right )\frac{1}{D_0} \frac{dD_0}{dx_0}+\frac{2}{B}\end{eqnarray}$$

となります。最後の式の第1項

$$-\left ( \frac{A}{B}+\frac{2}{B}x_0\right )\frac{1}{D_0} \frac{dD_0}{dx_0}$$

が初期異常による、線形-放物型曲線からのずれに相当します。Fargeixが示したように、酸化速度の逆数\(dt/dx_0\)の勾配は\(x_0\rightarrow 0\)で増大しますので、\(dD_0/dx_0 <0\)でないといけません。つまり、酸化膜厚が薄くなるほど\(D_0\)が増大しなければ初期異常を説明できなくなるのです。これはDeal-Grove方程式とは真逆の結論です

[1] B. E. Deal, A. S. Grove, J. Appl. Phys. 36, 3770 (1965).
[2] A. Fargeix, G. Ghibaudo, G. Kamarinos, J. Appl. Phys. 54, 2878 (1983).

完全拡散律速モデル(3)

 前回新たに導出した定式化した式をつかって、酸化速度の実験値を再現するような構造遷移領域の厚さ\(L\)を求めてみましょう。

新しい酸化速度方程式では、定数\(B\)はDeal-Grove方程式と一緒ですが、定数\(A\)は

$$A= 2L\int_{x_0-L}^{x_0}\exp \left [ \frac{\Delta E(x)}{k_BT}\right ]dx-2L+2D_0/h\label{a}\tag{1}$$

のように、構造遷移領域の厚さ\(L\)と構造遷移領域内の拡散障壁の増分\(\Delta E(x)\)に依存します。様々な温度における\(A\)の実験値がDeal-Groveの論文[1]に載っていますから、\(\Delta E(x)\)を適当に仮定すれば、実験値から\(L\)を求めることができます。

 式\(\eqref{a}\)の中で、\(2D_0/h\)は無視します。酸化膜中の酸化種の拡散係数\(D_0\)と比べて、気相物質輸送係数\(h\)の方が圧倒的に大きいからです。DealとGroveの論文[1]でもそう仮定して解析していますし、この仮定は全く問題ありません。

 また、\(\Delta E(x)\)ですが、線形速度定数\(B/A\)の活性化障壁が2eVなので、SiO2/Si界面における拡散障壁が約2eVになっていると考えると、\(\Delta E(x_0)\)は活性化障壁2eVから、界面から十分離れた酸化膜中の拡散障壁1.24eVを引いた値となるので

$$\Delta E(x_0) = 2.0 – 1.24 = 0.76 ({\rm eV})$$

とおけます。

 下の表に、\(\Delta E(x)\)の関数形をいくつか適当に仮定して計算した、定数\(A\)の実験値を再現する\(L\)の値を示します。温度によって変わりますが、概ね1nm弱になっていることがわかります。いろいろな実験で指摘されていた、SiO2/Si界面近傍の構造遷移領域の厚さと一致しているので、この完全拡散律速モデルの妥当性を裏付けていると言えるでしょう。

 なお、(c)のDiscretizedモデルは、数原子層程度と非常に薄い構造遷移領域をよりリアルに表現するため、離散化した拡散モデルを用いた場合の結果です。導出は複雑になるのでここでは示していませんが、知りたい方は論文[2]をご覧ください。

[1] B. E. Deal, A. S. Grove, J. Appl. Phys. 36, 3770 (1965).
[2] T. Watanabe, K. Tatsumura, I. Ohdomari, Phys. Rev. Lett., 96, 196102 (2006).

完全拡散律速モデル(2)

今回は、Deal-Groveモデルに代わる、完全拡散律速モデルの式を導出します。

酸化膜中の拡散係数は、次式

$$D(x)=\left \{ \begin{array}{ll}D_0,&x<x_0-L\\D_0 \exp \left [ -\frac{\Delta E(x)}{k_BT}\right ],&x\geq x_0-L\end{array}\right .$$

のように、酸化膜中の大部分では\(D(x)=D_0\)で一定とし、界面\(x=x_0\)近傍の厚さ\(L\)の領域で拡散障壁が変化するモデルを仮定します。\(\Delta E(x)\)が、遷移領域内部での拡散障壁の増分を表します。拡散係数\(D\)が深さ依存性を持つように拡張されている点がDeal-Grove方程式との違いです。

酸化膜中の拡散フラックス\(F_2\)は、フィックの法則から濃度勾配と拡散係数の積で与えられます:

$$F_2=-D(x)\frac{d C(x)}{dx}$$

両辺を\(D(x)\)で割って\(x\)について積分すると

$$\int_0^{x_0}F_2\frac{D(x)}dx=-\int_0^{x_0}\frac{dC(x)}{dx}dx$$

$$F_2\int_0^{x_0-L}\frac{1}{D_0}dx+F_2\int_{x_0-L}^{x_0}\frac{1}{D_0}\exp \left [ \frac{\Delta E(x)}{k_BT}\right ]dx=-\int_{C(0)}^{C(x_0)}dC$$

$$\frac{F_2}{D_0}(x_0-L)+\frac{F_2}{D_0}\int_{x_0-L}^{x_0}\exp \left [ \frac{\Delta E(x)}{k_BT}\right ]dx=C(0)-C(x_0)$$

となります。右辺は、表面のO2濃度\(C(0)=C_0\)と界面のO2濃度\(C(x_0)=C_i\)の差となりますが、完全拡散律速モデルでは界面に到達した酸素は活性化障壁なしで直ちにSiの酸化に消費されるので、\(C(x_0)=C_i=0\)と近似できます。したがって酸化膜中の拡散フラックス\(F_2\)は

$$F_2= \frac{D_0C_0}{x_0-L+L\int_{x_0-L}^{x_0}\exp \left [ \frac{\Delta E(x)}{k_BT}\right ]dx}$$

となります。


 あとはDeal-Grove方程式の導出と同じです。

気相から酸化膜表面へのフラックスを\(F_1=h(C^*-C_0)\)とし、ただいま求めた酸化膜中のフラックス\(F_2\)と定常状態で釣り合うとすると、この定常状態のフラックス\(F\)は

$$F= \frac{D_0C^*}{L\int_{x_0-L}^{x_0}\exp \left [ \frac{\Delta E(x)}{k_BT}\right ]dx-L+D_0/h+x_0}$$

となります。これが、界面の単位面積で単位時間に消費される酸化種分子の個数となります。SiO2膜の単位体積当たりに取り込まれる酸化種分子の個数を\(N_1\)とおくと、

$$\frac{dx_0}{dt}=\frac{F}{N_1}=\frac{D_0C^*/N_1}{L\int_{x_0-L}^{x_0}\exp \left [ \frac{\Delta E(x)}{k_BT}\right ]dx-L+D_0/h+x_0}$$

という、SiO2膜厚\(x_0\)の時間に関する新しい微分方程式が得られます。Deal-Grove方程式と同様に

$$\frac{dx_0}{dt}=\frac{B}{A+2x_0}$$

と簡略化して表記すると、\(A\)と\(B\)はそれぞれ

$$A= 2L\int_{x_0-L}^{x_0}\exp \left [ \frac{\Delta E(x)}{k_BT}\right ]dx-2L+2D_0/h$$

$$B = D_0C^*/N_1$$

となります。放物型定数\(B\)はDeal-Gorveモデルの式と全く同じです。一方、定数\(A\)の方はDeal-Groveモデルと異なります。Deal-Grove方程式では界面における酸化反応速度定数に関係しているのに対し、新しい方程式では、構造遷移領域の厚さ\(L\)と構造遷移領域内の拡散障壁の増分\(\Delta E(x)\)に依存する、やや複雑な式に変わっています。

 

完全拡散律速モデル(1)

Deal-Groveモデルでは、SiO2膜厚が薄い初期の段階は界面における酸化反応が律速となり、そのためSiO2膜厚は時間に対して線形に増加すると説明されてきました。しかし2004~2005年にかけて発表された第一原理量子化学計算[1,2]により、

界面におけるO2分子とSi基板の化学反応にはエネルギー障壁がほぼ存在しない

という驚くべき事実が明らかにされました。

 では初期の線形領域はなぜ存在するのでしょうか? 線形領域の酸化速度の活性化エネルギー2.0eVは、いったい何のエネルギー障壁を示しているのでしょうか?

 上記の界面反応の量子化学計算を発表したBongiornoとPasquarello[1]は、界面近傍のSiO2層は圧縮歪みを帯びており、O2分子の拡散障壁が1.24eVから2.0eVに上がっているのだ、と主張しました。界面から約1nmの範囲のSiO2層は構造遷移領域と呼ばれ、この領域で密度が増加していることが以前より実験でも指摘されていました。

 だとすると、Deal-Grove方程式の界面反応速度係数\(k\)も、SiO2膜厚が薄い初期段階のO2分子の拡散速度に関係していることになります。\(k\)が拡散係数\(D_0\)に関係しているとしたら、初期の異常な酸化速度の解釈も変わる可能性があります。

 そこで筆者(渡邉)[3]は、界面近傍の構造遷移領域で局所的に拡散障壁が増加するというモデルを前提にして、Deal-Grove方程式に代わる新しい線形‐放物型方程式を導き、線形速度定数\(B/A\)を新たに定式化しました。新しい方程式を使って、線形速度定数\(B/A\)の実験値に合うような構造遷移領域の厚さを求めたところ、その厚さはおおむね1nm程度と算出されました。これは実験で指摘されていた構造遷移領域の厚さと一致します。そして予想通り、初期の異常な酸化速度も拡散速度の上昇で説明すべきであることが判明し、Fargeixらの解析[4]以来お蔵入りにされてきた「初期増速拡散説」が復活することがわかりました。

[1] A. Bongiorno, A. Pasquarello, Phys. Rev. Lett., 93, 086102 (2004).
[2] T. Akiyama and H. Kageshima, Surf. Sci., 576, L65 (2005).
[3] T. Watanabe, K. Tatsumura, I. Ohdomari, Phys. Rev. Lett., 96, 196102 (2006).
[4] A. Fargeix, G. Ghibaudo, G. Kamarinos, J. Appl. Phys. 54, 2878 (1983).


完全拡散律速モデルにおける酸化種濃度の深さプロファイルと拡散障壁プロファイル

 

上図が、完全拡散律速熱モデルで想定するO2濃度プロファイルです。右側のグラフは、構造遷移領域におけるO2分子の拡散係数の活性化エネルギーの分布を示しています。Deal-Groveのような界面反応の障壁の代わりに、界面近傍の厚さLの構造遷移領域内で拡散障壁が上昇し、濃度が急低下していると考えるのです。

次回から、上図のモデルに基づく新しい酸化速度方程式の導出を示していきます。

Fargeixの解析

ドライ酸化のごく初期で見られる酸化速度の異常な増加は、当初、酸化種が速く拡散するために起こる現象と考えられていました。前回紹介したように、DealとGroveは、Mott-Cabreraのモデルを引き合いに出してイオン化した酸化種の増速拡散で説明しています。

しかし、1983年に発表されたFargeixらの解析1)で、この増速拡散モデルは否定されることになります。今回はFargeixらがどんな解析を行ったのか紹介いたします。


Fargeixらは、酸化速度の逆数\(dt/dx_0\)の振る舞いを調べました。Deal-Groveの微分方程式によると、\(dt/dx_0\)は

$$ \frac{dt}{dX_0}=\frac{A}{B}+\frac{2}{B}x_0 $$

と与えられ、傾きが\(2/B\)、切片が\(A/B\)の直線を描きます。しかしドライ酸化では、下図に示すように酸化膜厚\(x_0\)が薄い初期の領域で直線ではなくカーブを描きます。このカーブを描いている部分が初期の異常領域です。注目すべきは、酸化条件によらずこのカーブが常に下に曲がっていること、すなわち、\(x_0\)が小さくなるほどグラフの傾きが大きくなるという共通点があることです。

酸化膜の成長速度の逆数と酸化膜厚の関係。初期領域でグラフが下に曲がっている。(Fargeixらの論文1)を元に作成)

この実験結果から以下のことが言えます。\(x_0\)が小さくなるにつれてグラフが下に曲がっているということは、Deal-Grove方程式によると

  1. \(x_0\rightarrow 0\)で傾き\(2/B\)が増加している
  2. \(x_0\rightarrow 0\)で切片\(A/B\)が低下している

のいずれか、ということになります。

もし酸化種の増速拡散が原因でグラフが曲がったとするなら、拡散係数\(D_0\)に比例して\(B\)も大きくなるはずです。よって、下図に示すように傾き\(2/B\)は減少し、グラフは上向きに曲がることになります。これはFargeixらの実験結果と逆の傾向です。

Deal-Groveモデルに基づくグラフの曲がりの解釈。初期領域で拡散係数D0が増加しているとするとグラフが上に曲がらなければならない。

Fargeixらの実験結果を説明するには。界面反応速度定数\(k\)が\(x_0\rightarrow 0\)で増加し、線形速度定数\(B/A\)の逆数である切片\(A/B\)が低下していると考えなければなりません。

こうして、ドライ酸化の初期にみられる線形特性からのズレは、界面における酸化反応速度が速くなっているからだとされ、DealとGroveが言うような酸化種の増速拡散によるものではない、という結論に至ったのです。

ただしFargeixが導いた結論は、あくまでDeal-Grove方程式に基づく解釈です。2006年に筆者(渡邉)が発表した新しい線形-放物型方程式2)ではFargeixらの実験の解釈が180度変わり、「初期増速拡散」説が復活することがわかりました。次回からこの新しいモデルを解説していきます。

  1. A. Fargeix, G. Ghibaudo, G. Kamarinos, J. Appl. Phys. 54, 2878 (1983)
  2. T. Watanabe, K. Tatsumura, I. Ohdomari, Phys. Rev. Lett., 96, 196102 (2006).

ドライ酸化の初期異常

Deal-Groveの線形-放物型成長曲線

$$x_0^2+Ax_0 =B (t+\tau) $$

は、ウェット酸化についてはほぼ\(\tau=0\)となり、\(t=0\)、\(x_0=0\)の初期段階からDeal-Groveモデルで記述できます。しかし、ドライ酸化に関しては\(\tau\neq 0\)であり、\(t=0\)付近の初期段階は線形-放物型成長曲線から外れてしまいます。ドライ酸化において、初期酸化はDeal-Groveモデルよりもかなり速く進みます。

ドライ酸化とウェット酸化における極初期のSiO2膜成長曲線 。ウェット酸化はSiO2膜厚ゼロからDeal-Grove方程式に従うが、ドライ酸化は膜厚40nm程度まで成長速度がDeal-Grove方程式の解より著しく増大する。

Mott-Cabreraモデル

ドライ酸化に見られるこの初期の速い酸化は、実はそれほど珍しい現象ではなく、CuやAlなど金属表面の酸化でも観測されていました。金属表面でみられる初期の速い酸化現象を最初に説明したのがMottです。その後Mottは、Cabreraと一緒に、金属表面の酸化膜の成長速度を体系的に説明した論文1)にまとめあげました。これが後に頻繁に引用され、Mott-Cabreraモデルと呼ばれるようになりました。

CuやAlの表面の酸化では、金属がイオン化して酸化膜中を拡散し、表面でイオン化した酸素イオンと出会って酸化反応を起こすと考えられています。これら個々のイオンが作る電界はデバイ遮蔽のメカニズムで打ち消されますが、デバイ長以下の近距離では無視できない電界が残ります。

Mott-Cabreraモデルによると、金属酸化膜の厚さがデバイ長以下の場合は、酸化膜表面でイオン化した酸素分子がつくる電界が酸化膜の膜厚方向全体に及びます。この電界によって酸化膜中の金属イオンの動きが加速され、初期の酸化速度が著しく増加すると説明されます。

Mott-Cabreraの初期酸化モデル。表面に吸着した酸素分子がイオン化し、薄い酸化膜中に形成された電界によってイオンの拡散が促進される。

Si表面の熱酸化ではSiは動かず、酸化種分子だけが酸化膜を拡散すると考えられていますので、DealとGroveは、イオン化した酸化種の拡散がこの電界で促進されているだろうと考察しました。

DealとGroveの見積もりによると、酸化膜表面に吸着したO2分子が電離してできるプラズマのデバイ長は1000℃で15nm程度となり、初期の異常な酸化速度が観測される領域とオーダーで一致します。一方H2O分子の場合は0.6nmしかなく、ウェット酸化で初期異常が観測されないのはこのためであろうと考察しました。

なかなか見事な説明です。しかし、このイオン化した酸化種の拡散が増速しているという解釈は、1983年にFargeixらが行った解析により2)否定されることになります。

  1. N. Cabrera and N. F. Mott, “THEORY OF THE OXIDATION OF METALS,” Rep. Prog. Phys. 12, pp.163-184 (1949).
  2. A. Fargeix, G. Ghibaudo, G. Kamarinos, J. Appl. Phys. 54, 2878 (1983).

Deal-Groveモデル(4)

線形速度定数\(B/A\)は、Deal-Groveモデルでは以下のように与えられます。

$$ \frac{B}{A}=\frac{C^\ast/N_1}{1/k+1/h}$$

気相物質輸送係数\(h\)は、界面反応速度係\(k\)より数桁大きいですので、\(1/k\)に比べて\(1/h\)は無視できます。よって線形速度定数は

$$ \frac{B}{A}\simeq \frac{C^\ast}{N_1}k$$

と近似でき、界面における酸化反応で決まることになります。このため、Deal-Groveモデルの枠組みでは、「線形領域は界面反応律速の領域」と解釈されます。

一方、放物型速度定数\(B\)は

$$ B=2D_0\frac{C^\ast}{N_1}$$

で与えられますから、SiO2膜中の拡散過程が律速となっていると言えます。このため、「放物型領域は拡散律速の領域」と解釈されます。

\(B/A\)と\(B\)の活性化エネルギー

DealとGroveは、この線形-放物型方程式を用いて、様々な条件下で計測した酸化速度の実験値にフィッティングし、線形速度定数\(B/A\)および放物型速度定数\(B\)の温度依存性から活性化エネルギーを見積もりました。その結果を次の表にまとめます。

B/Aの活性化エネルギー [eV] Bの活性化エネルギー [eV]
ドライ酸化(O2 2.0 1.23
ウェット酸化(H2O) 1.96 0.704

\(B/A\)の活性化エネルギーはドライ酸化でもウェット酸化でもほぼ同じです。このエネルギーはSi-Siの結合エネルギー(1.82eV)に近いことから、Si-Si結合を切る過程がドライ酸化でウェット酸化での律速過程になっているだろうとDealとGroveは推測しています。

一方、放物型速度定数\(B\)の活性化エネルギーはドライ酸化とウェット酸化で違っています。ドライ酸化の場合の\(B\)の活性化エネルギーは、溶融シリカ中のO2分子の拡散係数の活性化エネルギーと近い値になっています。また、ウェット酸化の場合は、H2O分子の拡散係数の活性化エネルギーと近い値となります。このことから、放物型領域では酸化種分子がSiO2膜中を拡散する過程が律速となっていると考えられます。

溶融シリカ中の拡散係数の活性化エネルギー [eV]
O2分子 1.17
H2O分子 0.791

以上の説明を聞くと、Deal-Groveの説明は明快で非の打ち所がないように思えます。実際、ウェット酸化については、Deal-Groveモデルはほぼ完ぺきに実験と合います。しかしドライ酸化に関しては、条件によってはDeal-Grove方程式の予測から外れることがわかっています。それは主に下記の2点です。

  • 説明できない現象1:ドライ酸化のごく初期の酸化速度が説明できない。
  • 説明できない現象2:ドライ酸化では\(B/A\)が圧力に対して飽和する傾向が観測されるが、この理由を説明できない。

次回は、これらDeal-Groveモデルの適用限界についてもう少し詳しく解説します。

Deal-Groveモデル(3)

Deal-Groveの微分方程式

$$ \frac{dx_0}{dt}=\frac{B}{A+2x_0}$$

の解を求めてみましょう。これは変数分離法で解ける簡単な問題です。

$$ (A+2x_0) dx_0=B dt$$

として両辺を不定積分し、一般解を求めます。

$$\int^{x_0}(A+2x_0^\prime) dx_0^\prime=\int^tB dt^\prime+C$$

$$\rightarrow\;\;\; x_0^2+Ax_0 =B t+C$$

\(C\)は未定の積分定数で、これを決定するには境界条件を与える必要があります。境界条件として

$$x_0(0)=x_i$$

を与えましょう。すなわち、時刻\(t=0\)で厚さ\(x_i\)のSiO2膜が既にある、とします。すると、

$$C= x_i^2+Ax_i $$

となり、微分方程式の特解として

$$x_0^2+Ax_0 =B t+ x_i^2+Ax_i $$

が得られます。あるいは、

$$x_0^2+Ax_0 =B (t+\tau) $$

と書いてもよいでしょう。ここで\(\tau=( x_i^2+Ax_i)/B\)はSiO2膜の厚さがちょうどゼロとなる、時間軸との切片(にマイナスの符号をつけた値)に相当します。時間軸\(t\)を\(t+\tau=t^\prime\)とシフトしてあげれば、\(t^\prime=0\)で\(x_0=0\)から始まるスッキリした関係になります。

線形領域と放物型領域

Deal-Grove方程式の解

$$x_0^2+Ax_0 =B (t+\tau) $$

は、線形-放物型方程式と呼ばれます。SiO2膜が薄い初期段階では、\(x_0^2\)が小さく無視できますので、

$$x_0 \simeq \frac{B}{A} (t+\tau) $$

となります。SiO2膜厚\(x_0\)は時間に比例して増加することになります。この近似が成り立つ領域を線形領域(linear region)と呼び、比例係数\(B/A\)は、線形速度定数(linear rate constant)と呼ばれます。

一方、SiO2膜厚\(x_0\)が十分厚くなってくると、\(x_0^2\)に比べて\(Ax_0\)の項が無視できますので、

$$x_0^2 \simeq B (t+\tau) $$

となります。SiO2膜厚\(x_0\)の2乗が時間に比例することになります。この近似が成り立つ領域を放物型領域(parabolic region)と呼び、比例係数\(B\)は、放物型速度定数(parabolic rate constant)と呼ばれます。

SiO2膜厚\(x_0\)の大小によって近似せず、\(x_0\)を一般的な形で表すと、\(x_0>0\)より

$$x_0 =\frac{-A+\sqrt{A^2+4B(t+\tau)}}{2} $$

となります。ここで

$$\frac{x_0}{A/2} =-1+\sqrt{1+\frac{t+\tau}{A^2/4B}} $$

と書き直し、

$$\chi\equiv \frac{x_0}{A/2}$$

$$\theta\equiv \frac{t+\tau}{A^2/4B}$$

と変数変換すると、\(\chi\)と\(\theta\)は

$$\chi =-1+\sqrt{1+\theta} $$

というユニバーサルな関係で表されることになります。

実際、パラメータ\(A\)、\(B\)、\(\tau\)を適切に選ぶと、O2分子を酸化種とする乾燥雰囲気中の酸化(ドライ酸化)でも、H2O分子を酸化種とする水蒸気中の酸化(ウェット酸化)でも、SiO2膜厚\(x_0\)と時間\(t\)の関係を幅広い温度領域で再現することが確認されています。

逆に、線形領域から放物型領域まで、SiO2膜厚\(x_0\)と時間\(t\)の関係を実験で計測して、パラメータ\(A\)、\(B\)、\(\tau\)を抽出してあげれば、その温度依存性などを調べることで、酸化プロセスの素過程に関する多くの手掛かりを得ることができます。

 

Deal-Groveモデル(2)

今回は、Deal-Grove方程式を導出します。ちゃんと勉強するなら、Deal-Groveの原著論文1)や、Grove自身が書いた教科書2)を読んだ方がずっと近道なのですが、この後の記事とのつながりもありますので、簡単に説明しておきます。

導出の方針

Si表面の酸化は、雰囲気中の酸化種分子(O2分子やH2O分子)がSiO2膜に浸透してSi基板に達し、SiO2/Si界面で酸化反応を起こす、という流れで進みます。このことは同位体をマーカーとして使った実験で確認されています。

ただし、Si原子が全く動かないわけではなく、Si基板からSi原子が放出されてSiO2膜中を拡散し、SiO2面膜中やSiO2表面で酸化種分子と出合って酸化反応が起きるという説3)もあります。ドライ酸化に見られる初期の異常な酸化速度は、このSi原子放出が原因だというのです。ただしこの説でも、Si原子の放出量は少量で、SiO2膜の大部分はSiO2/Si界面で形成されると考えられています。よって、おおよその酸化速度は、酸化種分子の輸送プロセスだけ考えれば記述できます。

さて、酸化種分子がSiO2/Si界面に到達してSi基板を酸化するまでには、次の3つの過程を経る必要があります。

  • 第1段階:気相雰囲気中の酸化種分子がSiO2膜表面に到達する過程。
  • 第2段階:酸化種分子が既に存在するSiO2膜中を拡散する過程。
  • 第3段階:SiO2/Si界面に到達した酸化種分子がSi基板を酸化して消費される過程。

以上の3つの段階に対応する酸化種分子の流束(単位時間あたりに単位断面積を通過する酸化種分子数)を\(F_1\)、\( F_2 \)、\(F_3\)と表記し、それぞれを定式化してみましょう。

第1段階:\(F_1\)の定式化

気相中の酸化種分子の流束は、気相中の酸化種の濃度\(C_G\)とSiO2膜表面ごく近傍における酸化種の濃度\(C_S\)の差に比例する線形近似で表すことができます。

$$  F_1=h_G(C_G – C_S) $$

ここで\(h_G\)は気相中の物質輸送係数です。この式の中の、気相の酸化種の濃度\(C_G\)と\(C_S\)を、酸化膜中の酸化種の濃度で置き換えることを考えてみましょう。

一般に、溶液中に溶け込んだ溶質の濃度が薄い場合、溶質の濃度は気体中のその物質の分圧に比例することが知られています。Henryの法則です。今考えている系は固体ですが、SiO2膜中に含まれる酸化種にこのHenryの法則を適用すると、表面近傍の酸化種の濃度\(C_0\)は、定常状態ではSiO2膜表面ごく近傍における酸化種の分圧\(p_S\)に比例すると考えられます。

$$ C_0=H p_S $$

ここで\(H\)はHenryの法則における比例定数です。同様に、SiO2膜中の酸化種の平衡濃度\(C^\ast\)は、気相中の酸化種の分圧\(p_G\)と

$$ C^\ast=H p_G $$

で関係づけられます。

理想気体の状態方程式

$$ p_G=C_G k_B T $$

$$ p_S=C_S k_B T $$

より、気相中の酸化種分子の流束\(F_1\)は、

$$  F_1=\frac{h_G}{Hk_BT}(C^\ast – C_0) \equiv h(C^\ast – C_0)$$

と表されます。\(h\)は言うなれば、SiO2膜中の酸化種濃度で表した場合の気相物質輸送係数、ということになります。

第2段階:\(F_2\)の定式化

SiO2膜中を拡散する酸化種の流束\( F_2 \)は、Fickの第一法則より

$$ F_2=-D_0\frac{dC(x)}{dx}$$

で与えられます。\(D_0\)はSiO2膜中の酸化種分子の拡散係数です。SiO2膜中の酸化種の濃度勾配は

$$ \frac{dC(x)}{dx}=\frac{C_i-C_0}{x_0}$$

で表されるので、

$$ F_2=-D_0\frac{C_i-C_0}{x_0}$$

となります。

第3段階:\(F_3\)の定式化

界面に到達した酸化種分子が酸化反応で消費される速度は、界面の酸化種濃度に比例すると考えられます。よって、界面における酸化反応速度定数を\(k\)と書くと、

$$ F_3=k C_i$$

と与えられます。

Deal-Grove方程式の導出

定常状態を考えると、上記の3つの段階に対応する酸化種分子の流束\(F_1\)、\( F_2 \)、\(F_3\)はつり合っていると考えられます。よって\(F\equiv F_1=F_2=F_3\)の条件を課すと、定常状態の流束\(F\)は

$$ F=\frac{D_0C^\ast}{D_0(1/k+1/h)+x_0}$$

と与えられます。これが、界面の単位面積で単位時間に消費される酸化種分子の個数となります。SiO2膜の成長速度、すなわち、SiO2膜の厚さ\(x_0\)が増える速度は、この流束\(F\)に比例することになります。

SiO2膜の単位体積当たりに取り込まれる酸化種分子の個数を\(N_1\)とおくと、

$$ \frac{dx_0}{dt}=\frac{F}{N_1}=\frac{D_0C^\ast/N_1}{D_0(1/k+1/h)+x_0}$$

という、SiO2膜厚\(x_0\)の時間に関する微分方程式が得られます。これがDeal-Grove方程式です。

以後、この微分方程式を下記のように簡略化して表記します。

$$ \frac{dx_0}{dt}=\frac{B}{A+2x_0}$$

ここで

$$ A=2D_0(1/k+1/h)$$

$$ B=2D_0C^\ast/N_1$$

です。わざわざ分子と分母を2倍した理由は、こうしておくとこの後で求める微分方程式の解がシンプルに表記できるからです。

  1. B. E. Deal, A. S. Grove, J. Appl. Phys. 36, 3770 (1965).
  2. 垂井康夫 監訳, Andrew. S. Grove著, “グローブ 半導体デバイスの基礎,” オーム社 (1995).
  3. H. Kageshima, K. Shiraishi, M. Uematsu, Jpn. J. Appl. Phys., 38, L971, (1999).

Deal-Groveモデル(1)

シリコンテクノロジーは「熱酸化」という表面不活性化技術の確立により幕を開けました。1965年、当時フェアチャイルド・セミコンダクター社にいたDealとGroveが、Si熱酸化膜の成長速度を記述するユニバーサルな線形‐放物型方程式を導き1)、以後これがSi熱酸化の標準理論として定着しました。

ちなみにGroveは、この有名な理論を発表した3年後に、NoyceとMooreが設立したインテル社に合流しました。Groveがインテル社の社長を務めたとき、稼ぎ頭のDRAM事業からMPU事業への大転換を決断しました。またCEO時代には、CISC対RISCでMPU戦略が混乱する中、あえてCISC一本化を決断し、MPUメーカとして不動の地位を築きました。Groveはインテル社を今日の巨大企業に育て上げた立役者であり、名経営者として有名です。

Deal-Groveモデルの概要

DealとGroveの熱酸化モデルによると、酸化膜(SiO2膜)の厚さが薄い初期の段階では界面反応が律速となり、SiO2膜厚は時間に対して線形に増加します(線形領域)。一方、SiO2膜厚が厚くなると、SiO2膜中を酸化種が拡散する過程が律速となり、SiO2膜厚は時間の平方根に比例して増加するようになります(放物型領域)。

Deal-Groveモデル1)。気相からSiO2膜表面への酸化種の流速F1、SiO2膜中の拡散による流速F2、SiO2/Si界面での反応による消費速度F3が定常状態でつり合うとして導かれたSiO2膜厚x0に関する微分方程式。初期の段階ではx0は時間に比例して増加し(線形領域)、x0が厚くなるとx0の2乗が時間に比例する(放物型領域)。

実験データから抽出した線形領域の比例係数(図中のB/A)の活性化エネルギーは、乾燥酸素雰囲気中の酸化(ドライ酸化)も、水蒸気雰囲気中の酸化(ウェット酸化)も、ともに2.0eV程度でした。これがSi-Si結合のエネルギーに近いことから、酸化種がO2かH2Oかにかかわらず、同様の界面律速過程に支配されているだろうとDealとGroveは推測しました。

一方、放物型領域の速度係数(図中のB)の活性化エネルギーはドライ酸化で1.24eV、ウェット酸化で0.71eVと、かなり異なります。前者は溶融シリカ中のO2分子の拡散障壁に近く、後者はH2O分子の拡散障壁に近いことから、酸化種分子がSiO2膜中を拡散するプロセスが律速となっているとDealとGroveは結論しました。

ドライ酸化の初期異常

ただし、ドライ酸化のごく初期、SiO2膜厚約40nmまでの領域は、Deal-Groveの線形-放物型方程式の予測よりも酸化が著しく速く進みます。これに対してウェット酸化では、酸化膜厚ゼロの初期から線形-放物型方程式に忠実に従います。

DealとGroveはこのドライ酸化にみられるズレの原因についても言及しています。彼らは、酸化膜中ではO2分子がO2イオンと正孔に解離しており、酸化膜が薄い初期の段階では、高い移動度を有する正孔がO2イオンを引っ張る効果が顕在化し拡散速度が増加するために、初期の酸化が著しく速く進むと考察しました。

ドライ酸化とウェット酸化における極初期のSiO2膜成長曲線1)。ウェット酸化はSiO2膜厚ゼロからDeal-Grove方程式に従うが、ドライ酸化は膜厚40nm程度まで成長速度がDeal-Grove方程式の解より著しく増大する。

しかし、このDealとGroveの「初期増速拡散」説は、1983年、Fargeixらが行った解析により否定されました2)。ドライ酸化で初期の酸化が著しく速く進む原因は、拡散速度が上がるためではなく、界面における酸化速度が増加していると解釈しなければ、実験事実を説明できないことが判明したのです。

ところが話はこれで終わりではありません。2006年に筆者(渡邉)が発表した新しい線形-放物型方程式3)で、Fargeixらの実験の解釈が180度変わり、DealとGroveの「初期増速拡散」説が復活することがわかりました。

これから数回にわたって、シリコン熱酸化のメカニズムの解釈の変遷の歴史を紹介していきたいと思います。

  1. B. E. Deal, A. S. Grove, J. Appl. Phys. 36, 3770 (1965).
  2. A. Fargeix, G. Ghibaudo, G. Kamarinos, J. Appl. Phys. 54, 2878 (1983).
  3. T. Watanabe, K. Tatsumura, I. Ohdomari, Phys. Rev. Lett., 96, 196102 (2006).