Fargeixの解析

ドライ酸化のごく初期で見られる酸化速度の異常な増加は、当初、酸化種が速く拡散するために起こる現象と考えられていました。前回紹介したように、DealとGroveは、Mott-Cabreraのモデルを引き合いに出してイオン化した酸化種の増速拡散で説明しています。

しかし、1983年に発表されたFargeixらの解析1)で、この増速拡散モデルは否定されることになります。今回はFargeixらがどんな解析を行ったのか紹介いたします。


Fargeixらは、酸化速度の逆数\(dt/dx_0\)の振る舞いを調べました。Deal-Groveの微分方程式によると、\(dt/dx_0\)は

$$ \frac{dt}{dX_0}=\frac{A}{B}+\frac{2}{B}x_0 $$

と与えられ、傾きが\(2/B\)、切片が\(A/B\)の直線を描きます。しかしドライ酸化では、下図に示すように酸化膜厚\(x_0\)が薄い初期の領域で直線ではなくカーブを描きます。このカーブを描いている部分が初期の異常領域です。注目すべきは、酸化条件によらずこのカーブが常に下に曲がっていること、すなわち、\(x_0\)が小さくなるほどグラフの傾きが大きくなるという共通点があることです。

酸化膜の成長速度の逆数と酸化膜厚の関係。初期領域でグラフが下に曲がっている。(Fargeixらの論文1)を元に作成)

この実験結果から以下のことが言えます。\(x_0\)が小さくなるにつれてグラフが下に曲がっているということは、Deal-Grove方程式によると

  1. \(x_0\rightarrow 0\)で傾き\(2/B\)が増加している
  2. \(x_0\rightarrow 0\)で切片\(A/B\)が低下している

のいずれか、ということになります。

もし酸化種の増速拡散が原因でグラフが曲がったとするなら、拡散係数\(D_0\)に比例して\(B\)も大きくなるはずです。よって、下図に示すように傾き\(2/B\)は減少し、グラフは上向きに曲がることになります。これはFargeixらの実験結果と逆の傾向です。

Deal-Groveモデルに基づくグラフの曲がりの解釈。初期領域で拡散係数D0が増加しているとするとグラフが上に曲がらなければならない。

Fargeixらの実験結果を説明するには。界面反応速度定数\(k\)が\(x_0\rightarrow 0\)で増加し、線形速度定数\(B/A\)の逆数である切片\(A/B\)が低下していると考えなければなりません。

こうして、ドライ酸化の初期にみられる線形特性からのズレは、界面における酸化反応速度が速くなっているからだとされ、DealとGroveが言うような酸化種の増速拡散によるものではない、という結論に至ったのです。

ただしFargeixが導いた結論は、あくまでDeal-Grove方程式に基づく解釈です。2006年に筆者(渡邉)が発表した新しい線形-放物型方程式2)ではFargeixらの実験の解釈が180度変わり、「初期増速拡散」説が復活することがわかりました。次回からこの新しいモデルを解説していきます。

  1. A. Fargeix, G. Ghibaudo, G. Kamarinos, J. Appl. Phys. 54, 2878 (1983)
  2. T. Watanabe, K. Tatsumura, I. Ohdomari, Phys. Rev. Lett., 96, 196102 (2006).