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拡散係数もいろいろ(9)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

平均二乗変位と拡散係数の関係

ブラウン運動の理論によると、1次元系の拡散係数D

(9.1)Δx2=(x(t)x(0))2=2Dt

のように平均二乗変位Δx2に関係づけられます。3次元なら

(9.2)Δr2=(r(t)r(0))2=6Dt

です。

 1次元系において、時間tn個の微小時間Δti (i=1,2,,n)に区切り、各微小時間における変位をli (i=1,2,,n)とすると、平均二乗変位Δx2

(9.3)Δx2=(i=1nli)2=i=1nli2+2i=1n1j>inlilj

と書けます。ブラウン運動する粒子の異なる時間の変位は無相関であり、

(9.4)lilj=0,ij

が成り立つので、式(9.1)

(9.5)2Dt=i=1nli2=nl2

と書けます。今、議論を簡単にするため、どの微小時間Δtiも等しくΔti=Δtと仮定すると

(9.6)nl2=2nDΔt

となり、拡散係数は

(9.7)D=l22Δt

と書けることになります。式(9.7)において、Δtを平均自由時間tl2を平均自由行程lの二乗とおくと、1次元系の拡散係数は

(9.8)D=l22t

3次元では

(9.9)D=l26t

となり、1/2の係数がかかることになります。

 前回までの議論で、せっかくD=l2/3tで話がまとまりそうだったのに、ブラウン運動理論を考えたら、1/2の係数の問題が再燃してしまいました。いったいどう考えればよいのでしょうか?

 ここでもやはり、「平均」をどう考えるかが鍵を握っています。式(9.7)から式(9.8)に進むとき、l2を平均自由行程lの二乗とおいたのですが、この平均操作では、

(9.10)p(l)=δ(ll)

というデルタ関数分布を暗に仮定していたことになります。この場合、拡散係数は

(9.11)D=l22t=12t0l2p(l)dl=12t0l2δ(ll)dl=l22t

で与えられるのです。ブラウン運動理論では、Δtの間の移動量がlに限定される簡単な酔歩モデルがよく用いられますが、その例では式(9.11)でよいのです。

 一方、衝突イベントが定常ポアソン過程となる場合、自由行程の分布は指数分布

(9.12)p(l)=1lell

となります。この場合は

D=l22t=12t0l2p(l)dl=12t0l21lelldlt=12t[l2ell]0+12t02lelldl=1t0lelldl=1t[llell]0+1t0lelldl=1t0lelldl(9.13)=1t[l2ell]0=l2t

となり、1/2の係数が消えます。3次元の場合はもちろん、

(9.14)D=l23t

です。

 

拡散係数もいろいろ(8)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

前回の記事で導出した無衝突で進める確率を用いて、第4回の記事で示した拡散係数を定式化しなおしてみましょう。図8.1に示すように、 x軸方向に電子密度n(x)が変化している、温度が一様な導体を考えます。今度は、x=x0の面に到達する電子の出発位置を限定せず、距離に応じた到達確率を乗じて全区間で積分することによって、拡散流量を求めます。

図8.1 拡散係数の定式化に用いるモデル

 

x=x0xの位置にある電子に注目してみましょう。ここにある電子の1/2が+x方向を向いているので、平均自由時間t内にx=x0の面に到達する可能性がある電子は12n(x0x)dxです。これに到達確率Pfree(x)を乗じた個数が、無衝突でx=x0に到達できます。位置xから+x方向に通過する電子の平均流束をf+(x)dxとすると、

(8.1)f+(x)dx=n(x0x)Pfree(x)dx2t

と書けます。同様に、位置x+からx方向に通過する電子の平均流束f(x+)dx

(8.2)f(x+)dx=n(x0+x+)Pfree(x+)dx2t

以上から、x=x0における+x方向への正味の流束Fx

Fx=0dx{f+(x)f(x)}=0dxPfree(x)12t{n(x0x)n(x0+x)}=12t0dxPfree(x)dndx2x(8.3)=1tdndx0xPfree(x)dx

となります。

 ここで、前回求めた到達確率の式

(8.4)Pfree(x)=exlx

を式(8.3)に代入すると、

(8.5)Fx=1tdndx0xexlxdx=lx2tdndx=vxlxdndx

となり、ジィーの本で書かれている拡散係数

(8.6)D=vxlx

と一致します。3次元なら

(8.7)D=13vl

です。


 あるいはもし、Pfree(x)として

(8.8)Pfree(x)={1,xlx0,x>lx

を仮定すると、

(8.9)Fx=1tdndx0lxxdx=lx22tdndx=vxlx2dndx

となり、アンダーソンらの本の拡散係数と同様、1/2の係数がつくことになります。3次元なら

(8.10)D=16vl

です。


 以上から、ジィーとアンダーソンの拡散係数の違いが、無衝突距離の確率分布の違いで説明できることがわかりました。適切な式はどちらかと言えば、指数関数の到達確率で導かれる

(8.7 再掲)D=13vl

の方でしょう。


 ここまで詳しく見ていくと、D=vl/3という拡散係数の式の導き方にも、いろいろツッコミどころが残ることがわかります。

  • 無衝突で進んだ電子のみカウントしているが、衝突したら電子が停止してしまうわけでないのだから、複数回散乱してx=x0面に到達する確率も考慮すべきではないか。
  • そもそも、1回の衝突で過去の運動の履歴が完全に忘却され、次の進行方向が等方的になるという仮定に無理がある。
  • x=x0xの位置にある電子のうち、右向きの速度を持つ1/2の電子がx=x0面に到達する可能性がある」としているが、ほとんどゼロに近いvxを持っている電子も結構あるので、1/2は過大評価ではないか。この傾向はx=x0から離れるほど顕著になるはずである。

上記の指摘は至極真っ当で、このような問題点を改善しようとした仕事も過去に行われたようですが、満足のいく定式化には至っていないようです。無理に係数を特定せず、パウリの本ランダウ-リフシッツの本のように、係数に曖昧さを明示的に残しておくことが、最も誠実な書き方と言えるでしょう。

拡散係数もいろいろ(7)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

距離rまで無衝突で進める確率を定式化する

電子が無衝突で進める距離rの確率も、指数分布に従うと考えられます。今回は、この確率分布を簡単なモデルを使って導出してみましょう。

図7.1 等方的散乱の模式図

 

 今、ある電子が、最後に衝突イベントを経験してから、距離rを無衝突で進んだとし、距離rr+drの間で次の衝突が起こる確率を考えましょう。この散乱は図7.1に示すように等方的で、衝突後に進む方向は球対称となります。電子の散乱を引き起こす散乱中心の個数密度をNs、散乱中心の衝突断面積をσとおくと、半径r、厚さdrの球殻の体積が4πr2drであるので、微小区間drの衝突確率は

(7.1)Ns4πr2drσ4πr2=Nsσdr

となります。よって、微小距離drを無衝突で進める確率は

(7.2)1Nsσdr

です。距離rを無衝突で進む確率pfree(r)と、距離r+drを無衝突で進む確率pfree(r+dr)の間には

(7.3)pfree(r+dr)=pfree(r)(1Nsσ)dr

という関係が成り立つことになります。この式から次の微分方程式

(7.4)dpfreedr=pfree(r+dr)pfree(r)dr=Nsσpfree(r)

が導かれるので、一般解を求めると

(7.5)pfree(r)=CeNsσr

となります。規格化条件

(7.6)0pfree(r)dr=1

より、

(7.7)pfree(r)=NsσeNsσr

となります。

 無衝突で進める距離の平均が平均自由行程lなので、

(7.8)l=0rpfree(r)dr=0rNsσeNsσrdr=1Nsσ

よって、pfree(r)

(7.9)pfree(r)=1lerl

と表されます。

  ここで少し視点を変えて、今r=0の位置にある電子が、この先rまで無衝突で進める確率はどのくらいか?、という問題を考えてみましょう。pfree(r)drは「rr+drの区間で初めて次の衝突が起こる確率」を表していますから、距離r進む間のどこかで衝突が起こる確率は、累積確率

(7.10)0rpfree(r)dr

で表されます。ということは、距離r進む間に衝突が起きない確率をPfree(r)とすると、

(7.11)Pfree(r)=10rpfree(r)dr=erl

と表せることになります。

拡散係数もいろいろ(6)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

そもそも「平均」とは何か?

一般に、確率変数Xの期待値X

(6.1)X=Xp(X)dX

で計算されます。ここでp(X)は確率密度関数です。p(X)dXが、確率変数XXX+dXの値を取る確率を表します。

衝突が起きない時間(無衝突時間)がt秒間続いたあとで、tからt+dtの間に衝突が起こる確率をp(t)dtとすると、平均自由時間t

(6.2)t=0tp(t)dt

で計算されます。もしp(t)

(6.3)p(t)={1t,t<t0,tt

という一様分布(図6.1(a)参照)と仮定するなら、

(6.4)t=0tttdt=1t[12t2]0t=t2

となり、ドルーデが最初に定式化したドリフト移動度の式

(5.1 再掲)μ=qt2m  

が導かれます。

図6.1 一様分布と指数分布

 

一方、電子の衝突は全く偶発的に起こるイベントと考えられ、定常ポアソン過程で記述されます。その場合、衝突と衝突の時間間隔が従う分布関数p(t)は、指数分布

(6.5)p(t)=1tett

に従います(図6.1(b)参照)。そうすると、無衝突時間の平均は

(6.6)t=0tt1tettdt=t

となり、正しいドリフト移動度の式

(5.5 再掲)μ=qtm  

が導かれます。

(6.3)の一様分布では、上限のtを超えて無衝突時間が継続することはありませんが、式(6.5)では非常に長く無衝突時間が継続することも、低い確率ながら起こりえます。持続時間が長いサンプルは、積分する際に時間が大きな重みとして効いてきますので、発生確率が低くてもそれなりに期待値に寄与するのです。その結果、式(6.6)のように期待値が式(6.4)の2倍になるのです。

このように、一口に「平均」と言っても、どんな確率分布を想定するかによって、その結果は顕著に変わりうるのです。

拡散係数もいろいろ(5)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

ドルーデも1/2倍していた!

係数に1/2倍の違いが生じる問題は、第2回で少し触れたように、ドリフト移動度μでも起こっていました。ドルーデが1900年に発表した電気伝導理論の論文

Label 'drude' multiply defined

と定式化されていたのです。この問題を掘り下げていくと、拡散係数の1/2倍の違いの原因も見えてきます。まず、ドリフト移動度についておさらいをしたのち、どうして移動度を式(5.1 再掲)で表したのか、式(5.1 再掲)がどうして誤りだという結論に至ったのか、見ていくことにしましょう。

図5.1 導体中の電子の運動の軌跡。(a)電界が印加されていないとき。(b)電界が印加されているとき。

 

図5.1は、導体中の電子の運動の軌跡を模式的に示した図です。図5.1(a)は外から電界が印加されていない状態です。電子は熱エネルギーをもって絶えずブラウン運動していますが、不純物イオンやフォノンなどと衝突を起こす度に頻繁に移動方向を変え、移動方向は完全にランダムになります。時間平均を取ると特定の方向への移動はなくなり、正味の電流はゼロとなります。

図5.1(b)は、外部から電界を印加したときの様子です。この場合も電子はランダムな運動をしますが、衝突イベントと衝突イベントの間に電界によって加速されます。長時間平均を取ると、電子は定常的な速度vdで電界ベクトルの方向(と逆向き)に移動する傾向を示します。 vdがドリフト速度です。

電子のドリフト移動度μ (cm2・V1s1)は、次式で定義されます。

(5.2)μvdE

E(V/cm)は外部から印加する電界です。この式、つまりドリフト速度を、平均自由時間tを使った微視的な描像で定式化してみましょう。

今、外部電界Ex軸方向に一様に印加されているとし、個々の電子がニュートン方程式に従って運動するとみなすと、運動方程式のx成分は

(5.3)mdvxdt=qE

となります。直近の衝突が時刻0で起こったとし、次の衝突が起こる前の時刻をtとすると、運動方程式の解は

(5.4)mvx(t)mvx(0)=qEt

となります。これを多数の電子についてアンサンブル平均をとると、

(5.4)mvx(t)vx(0)=qEt

となります。左辺のvx(t)vx(0)は、衝突と衝突の間に獲得する速度の平均なので、これがドリフト速度 vdとみなせます。右辺のtは、電界によって加速される時間のアンサンブル平均です。これを平均自由時間、すなわちt=tとみなせば、

(5.5)μ=qtm  

となり、期待どおりのドリフト移動度の式が導かれます。

一方、ドルーデが最初に示した式(5.1 再掲)では、 t=t/2としていることになります。

どうして1/2倍したくなるのか?

ドルーデがμ=qt/(2m)を採用する決め手となった理由はおそらく、金属の電気伝導度と熱伝導度の比が温度に比例するというヴィーデマン・フランツ則が、 μ=qt/(2m)とおくことで、当時の古典論の枠組みで定量的に説明できた(できてしまった)からだと想像できます。しかし、ドルーデほどの人がつじつま合わせをしたわけではないでしょうから、1/2倍した明確な根拠もあったはずです。

ドルーデがどうしてμ=qt/(2m)としたのか、真意はわかりませんが、次のように考えれば、1/2をつけたくなる気持ちが想像できます。

図5.2 時間と獲得速度の関係

 

図5.2は、時間間隔tで衝突する典型的な電子が、電界から獲得する速度と時間の関係を示したグラフです。前の衝突から次の衝突までの間、速度は時間に比例して増加します。衝突の度に速度はリセットされ、熱運動以外の速度成分はゼロとなります。すると、平均自由時間t内に電界によって増える速度成分の時間平均は、最終的に獲得する速度qEt/mの1/2となります。

一見まっとうな考え方に思えますが、一体、この考え方のどこが良くないのでしょう? この疑問は、「平均値」を計算する際に暗に想定している「確率分布」の違いに気づくことで解消できます。

 

拡散係数もいろいろ(4)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

前々回の記事で、D=vl/3であれば、エネルギー等分配則とアインシュタインの関係式を使ってドリフト移動度μと関係づけることができることを示しました。さらに前回の記事で、D=vl/3という式は、ボルツマン方程式の定緩和時間近似の解から導かれる拡散係数とも整合する、という話をしました。

しかし、気体分子運動論に基づく初等的な方法でD=vl/3を導こうとすると、少々やっかいな問題が起こります。今回はこの問題を掘り下げてみます。

 半導体デバイスの代表的テキストと言えば、ジィー(S. M. Sze)の本でしょう。最近ではベティ・アンダーソンとリチャード・アンダーソンの「半導体デバイスの基礎」が現代的テキストとして世界標準になっているようです。ジィーの本は何種類かありますが、気体分子運動論を用いて拡散係数Dを導いているのは、初学者向けの「半導体デバイス:基礎理論とプロセス技術」です。まずは、このジィーの説明を見ていきましょう。

ジィーの本の説明

図4.1に示すように、x軸方向に電子密度n(x)が変化している、温度が一様な導体を考えます。x=x0の面を、単位時間、単位面積あたりに通過する電子の数を計算してみましょう。電子は平均熱速度vxx軸に沿ってランダムに運動しているものとし、その平均自由行程をlxとします。平均自由時間をtとすると、lx=vxtが成り立ちます。x=x0lxの位置にある電子の1/2が、+x方向を向いているので、平均自由時間t内にx=x0の面を通過するチャンスがあります。したがって、単位時間、単位面積あたりにx=x0の面を、+x方向に横切る電子の平均流束F+

(4.1)F+=12n(x0lx)lxt=12n(x0lx)vx

とジィーの本で表されています。

図4.1 ジィーのモデル

 

 同様に、x=x0+lxの位置にある電子の1/2が、平均自由時間t内にx=x0の面をx方向に通過できると考えられるので、単位時間、単位面積あたりにx=x0の面を、x方向に横切る電子の平均流束F

(4.2)F=12n(x0+lx)lxt=12n(x0+lx)vx

となります。

 したがって、正味の流束Fx

(4.3)Fx=F+F=12vx{n(x0lx)n(x0+lx)}

となります。ここで、電子密度n(x0±lx)x=x0の周りで1次の項までテーラー展開すると、

(4.4)Fx=12vx{n(x0)lxdndxn(x0)lxdndx}=12vx(2lxdndx)=vxlxdndx

となり、拡散係数D

(4.5)D=vxlx

となります。3次元空間での平均速度v=3vxと平均自由行程l=3lx を使って表すと

(4.6)D=13vl

となり、ボルツマン方程式から導かれる拡散係数と一致します。

以上の導出は、一見何も問題がなさそうに思えるかもしれません。筆者も学生時代は全く疑問に思いませんでした(たいして深く考えていなかっただけですが)。拡散現象の本質はしっかり捉えているので、これで納得できるならそれで良いのです。

しかし、読者の中には、式(4.1)と式(4.2)において、x=x0の面を通過するチャンスがある電子数を

(4.7)12n(x0±lx)lx

とおいている点に違和感を抱く方もいることでしょう。x=x0の面を通過できる電子が、x0lx<x<x0もしくはx0<x<x0+lxの範囲にいる電子(の半数)だとするなら、これらの区間の電子密度をx=x0±lxの点の密度で代表させてよいものか、と思う方もいるのではないでしょうか。むしろ、x=x0±lx/2の点の密度で代表させた方がよさそうに思えます。

アンダーソンらの本の説明

 ジィーの導出で抱く上記の疑問点を解消したような説明をしているのが、アンダーソンらの「半導体デバイスの基礎」です。この本は第1版が2005年に出版され、樺沢宇紀氏による日本語訳が2008年にシュプリンガージャパンから出版された本です。筆者も2009年から所属学科で開講した「電子デバイス」の教科書として採用し、現在も使用しています。

図4.2 アンダーソンらのモデル

 以下の説明はアンダーソンらの本の表現と若干異なりますが、本質的な意味は同じです。考える系もジィーと同じで、図4.2に示すように、x軸方向に電子密度n(x)が変化している、温度が一様な導体を考えます。x=x0の面を、+x方向に通過する電子の数は、x0lx<x<x0の範囲にいる電子の1/2と考えられるので、単位時間、単位面積あたりにx=x0の面を、+x方向に横切る電子の平均流束F+

(4.8)F+=12n(x0lx/2)vx

となります。同様にx=x0の面を、x方向に横切る電子の平均流束F

(4.9)F=12n(x0+lx/2)vx

となります。したがって、正味の流束F+

(4.9)Fx=F+F=12vx{n(x0lx/2)n(x0+lx/2)}

となります。電子密度をx=x0の周りで1次の項までテーラー展開すると、

(4.10)Fx=12vx{n(x0)lx2dndxn(x0)lx2dndx}=vxlx2dndx

となり、拡散係数D

(4.11)D=vxlx2

となります。予想できていた方も多いと思いますが、ジィーの本の拡散係数の半分になってしまいました。3次元空間での平均速度v=3vxと平均自由行程l=3lx を使って表すと

(4.12)D=16vl

となります。

アンダーソンらの本の日本語訳版には、訳者の樺沢氏が以下の訳注をつけています。


モデルの設定方法やltの定義の仕方に依存してD=(1/2)l2/tの定数項の付き方は微妙に違ってくるので(たとえば3次元系のBoltzmann輸送方程式に基づき緩和時間τの定数近似を採用すると、D=(1/3)l2/τ)、D=(1/2)l2/tを厳密な”定義式”として計算に用いることはないと見てよい。


ltの定義に依存するとはどういう事なのでしょうか? 「微妙に違ってくる」とはどういう事なのでしょうか? 次回以降の記事で、この疑問に答えていきます。

拡散係数もいろいろ(3)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

ボルツマン方程式から拡散係数を導く

 非平衡統計力学のボルツマン方程式を学ぶと、ドリフト移動度を定義しなくても、

(3.1)D=13vl

を比較的すっきりと導くことができます。ボルツマン方程式とは、空間座標rと運動量pの6次元の位相空間における、粒子系の分布関数f(r,p,t)についての微分方程式で、次式で与えられます。

(3.2)ft+pmfr+Ffp=(ft)c

Fは粒子系に加わる外力、(ft)cは衝突によって生じる変化、すなわち、微小領域drpdpにおいて微小時間dtに衝突によって生じるfの変化を表します。この衝突項(ft)c

(3.3)(ft)c=ff0τ

とするのが緩和時間近似です。τが緩和時間と呼ばれるパラメータで、f0は熱平衡状態の分布関数を表します。今、外力Fが加わっておらず、濃度の一様な系を仮定すると、式(3.2)においてF=0fr=0とおけるので、

(3.4)dfdt=ff0τ

が解くべき微分方程式となります。初期値f(0)を境界条件とする解は

(3.5)f(t)=(f(0)f0)etτ+f0

となり、時定数τf0に落ち着いていく、という解になります。

衝突が分布関数に与える影響は、本来、電子の運動エネルギーに依存するはずです。例えば、半導体中の電子が不純物イオンと衝突する場合、電子が速く動いている時はゆっくり動くときと比べて、不純物イオンの周辺のポテンシャルの影響は小さく、正面衝突するのでなければ、進路はそれほど大きく乱されません(図3.1参照)。よって緩和時間τpの関数τ(p)とみなすべきです。それを無視して、緩和時間τを定数とおいてしまおうという、ざっくりした近似を、定緩和時間近似と呼びます。

図3.1 キャリア散乱の速度依存性

 

 拡散電流は、分布関数が実空間上で一様でない場合に生じます。外力Fがなく、濃度が一様でない状態で系が定常状態にあるとき、式(3.2)においてF=0ft=0とした

(3.6)pmfr=ff0τ

の解を求めてみましょう。p/m=vとして式変形すると

(3.7)f(r)=f0(r)τvfr

となります。ここで、τvの大きさが十分小さく、解がべき級数

(3.8)f=f0τvf1+(τv)2f2

の形で表せると仮定して、f1,f2,を求めてみます。式(3.8)を式(3.7)に代入すると、

(3.9)f0τvf1+(τv)2f2=f0τvf0r+(τv)2f1r

となり、各次の項を比較すると

f1=f0r,f2=f1r,

と求まります。ここでは展開を1次で打ち切って、

(3.10)f(r)f0(r)τvf0r

を近似解として採用しましょう。

 拡散電流J(正確には拡散電流密度。単位はA/cm2)を求めるには、運動量空間でvfを積分します。

(3.11)J=qvfdp=q{vf0τv(vf0r)}dp

今、fの偏りが実空間のx方向にのみ一様に生じていると仮定すると、拡散電流はx成分のみとなり、

(3.12)Jx=q(vxf0τvx2f0x)dp=qτvx2dndx

となります。なお、ここでは分布関数がf0(r,p)=n(r)g0(p)と変数分離できると仮定し(n(r)は実空間上の電子密度分布を表します)、

(3.13)vx=vxg0(p)dp=0

(3.14)vx2=vx2g0(p)dp(=kBTm)

としています。vx2=v2/3とおけるので

(3.15)Jx=qτv23dndx

となり、これをフィックの法則

(3.16)Jx=qDdndx

と比較すると、拡散係数D

(3.17)D=13τv2

となります。緩和時間τを平均自由時間t、根二乗平均速度v2を平均熱速度vとみなせば、l=vtとおくことで、式(3.17)は式(3.1)と一致します。緩和時間τと平均自由時間tは元来異なる概念ですが、1回の衝突で過去の履歴が完全に失われ速度分布がリセットされると仮定すると、両者は一致します(この仮定はよく設けられる仮定ですが、よくよく考えると、必ずしも妥当とは言い切れない仮定です)。

 念のため断っておきますが、「D=vl/3 が正しい」と言いたいのではありません。ボルツマン方程式の定緩和時間近似で導かれる拡散係数と整合する、と言いたいだけです。

拡散係数もいろいろ(2)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

ドリフト移動度から拡散係数を決めてみる

ドリフト移動度μは、 qを素電荷、mを電子の質量(正確に言うと有効質量)、tを平均自由時間として

(2.1)μ=qtm

と表されます。μ=qt/(2m)としていた本も以前にあったようですが、それは誤りだというのが現在の大方の見解です。

これはアシュクロフト-マーミン著「固体物理学の基礎」にも書かれている有名な話なのですが、1900年に最初に電気伝導の古典的理論を発表したドルーデ自身、論文でμ=qt/(2m)と書いていました。その後、1905年に発表されたローレンツの論文でμ=qt/mに修正されたのです。

ドリフト移動度μに1/2をつけるか否かという問題はたいへん微妙で、アシュクロフト-マーミンの本でも第1章の最初の演習問題として取り上げて読者に熟考を促しています。実はこの問題が、ドリフト移動度だけでなく、拡散係数の式の違いにも関係してくる、というのがこのシリーズ記事を通して伝えたいことなのですが、この件については追々詳しく説明していきます。

 さて、ドリフト移動度μが決まっているなら、アインシュタインの関係式から

(2.2)D=μqkBT=tmkBT

と拡散係数Dが一意に決まります。系が熱平衡状態に近く、エネルギーの等分配則

(2.3)12mv2=32kBT

が成り立つと考えてよければ、平均熱速度を根二乗平均速度として(v=v2

(2.4)D=13v2t=13vl=l23t

となります。ここでl=vtとしました。

 ここで注意すべきことは、熱平衡状態で成り立つエネルギーの等分配則の式(2.3)を仮定している点です。拡散電流が流れているときは熱平衡状態ではありませんから、マクスウェル・ボルツマン分布は歪んでいるはずで、等分配則も厳密には成り立ちません。式(2.4)はあくまで近似式に過ぎないことを忘れないようにしましょう。

拡散係数もいろいろ(1)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

ねぇおかしいでしょ1/2

半導体デバイスの授業では、キャリアの基本的な輸送機構として、

ドリフト電流 と 拡散電流

の概念をまず学びます。まだ非平衡統計力学を学んでいない場合がほとんどでしょうから、ドリフトや拡散の概念を説明する際は、高校物理で登場する気体分子運動論が用いられます。熱運動する気体分子に電子をなぞらえ、平均速度 v 、平均自由行程 l 、平均自由時間t を使って、ドリフト移動度 μ と拡散係数 D を表してみせるのです。

 その際に困るのは、この初歩的に導出される拡散係数 D の式が本によってまちまちで、しかもイマイチ釈然としない説明が多いことです。一方、ドリフト移動度 μ の式はほぼ1通りに落ち着いています。そこで、金科玉条のアインシュタインの関係式

(1.1)D=μqkBT

を使って( qは素電荷、 kBはボルツマン定数、 Tは絶対温度)、ドリフト移動度 μ から拡散係数D を決定することで、そうした混乱を回避している教科書も多数あります。というよりむしろ、拡散係数D は式(1.1)で定めるべきでしょう。

 そうは言っても、拡散というキャリア輸送の微視的描像をつかむには、気体分子運動論に基づく説明に触れておくこともたいへん重要です。

 表1に、筆者が知っている範囲ですが、代表的な教科書や専門書に書かれている拡散係数の式をまとめておきました。どうしてこうもいろいろあるのでしょうか?

それは、平均速度 v 、平均自由行程 l、平均自由時間 tといった量の「平均」の取り方に、いろいろな方法や考え方があるからです。

表1 様々な拡散係数の式。 v :平均速度(熱運動速度)、 l:平均自由行程、t:平均自由時間 
  文献 拡散係数の式 備考
[1] S. M. Sze, M. K. Lee, Semiconductor Devices, Physics and Technology 3rd ed., Wiley (2013). D=vl 1次元モデル
[2]

B. L. Anderson, R. L. Anderson, Fundamentals of Semiconductor Devices 2nd. ed., McGraw-Hill, (2017).

D=12l2t 1次元モデル
[3] W. パウリ, C. P. エンツ, 熱力学と気体分子運動論(パウリ物理学講座3), 講談社, (1976) D=a2vl 3次元モデル。aは平均自由行程にかかる無次元の係数。vは平均速さ。文献[11]のChapmanの本に準拠。
[4]

F. Reif著, 久保 亮五監訳, バークレー物理コース「統計力学」, 丸善(1970)

D=13vl 3次元モデル。
[5] ファインマン物理学II 光・熱・波動, 岩波書店 (1986) D=13vl 3次元モデル。係数の決定が難しいことを丁寧に解説しつつ、最後に1/3を天下り的に導入。
[6] ランダウ=リフシッツ理論物理学教程「物理学的運動学I」, 東京図書(1982) Dvl  
[7] Atkins’ Physical Chemistry D=13vl 3次元モデル。導出はパウリ[3]とほぼ同じだが。最後に2/3を掛けている。vは平均速さ。
[8]

戸田 盛和, 斎藤 信彦, 久保 亮五, 橋爪 夏樹, 統計物理学(岩波講座「現代物理学の基礎」), 岩波書店 (1978)

D=16l2t 3次元のブラウン運動モデル。「ltの定義のしかたによって何らかの係数がかかることもあるが」との断り書きあり。
[9] O. E. Meyer, Kinetic Theory of Gases, (1899). D=π8vl 3次元モデル。気体分子運動論による拡散係数の定式化の元祖。vは平均速さ。根二乗平均速度を用いるとD=13vlとなる。
[10] J. H. Jeans, The Dynamical Theory of Gases, Cambridge University Press (1916) D=13vl 3次元モデル。Meyer[9]の式を簡略化した議論で導いている。
[11] S. Chapman, T.G. Cowling, The Mathematical Theory of Non-uniform Gases, Cambridge University Press (1939) D=a2vl aは1に近い係数。vは平均速さ。

まず注意すべきは、考えている系の次元が必ずしも同じではないということです。3次元空間における拡散流を考える際、その流れの方向に対して斜影をとるため、vlはそれぞれ1/3倍されます。3次元モデルの多くに1/3や1/6という係数がついているのはそのためです。終始1次元で議論している本では、1/3倍しないままにしています。

また、平均熱速度 には「速さの平均」や「根二乗平均速度」など、複数の定義があることも念頭に置いておく必要があります。ただしこの差はそれほど大きくありません。マクスウェル-ボルツマン分布を仮定した場合

(1.2)|v|=8kBTπm

(1.3)v2=3kBTm

となり、根二乗平均速度は速さの平均の0.92倍と、若干ですが小さめになります。

表1の文献[9]のMeyerの本は、気体分子運動論に基づいて拡散係数を定式化した最初期の仕事です。Meyerの式では、式(1.2)の速さの平均|v|vとして採用されていて、平均自由行程もl=|v|tとおいています。これらを根二乗平均速度v2に置き換えると、|v|=8/(3π)v2l=8/(3π)v2tとなるので、

D=π8vl=π8|v|2t=π883πv2t=13v2t

となり、D=vl/3としている他の文献と一致します。

 もう一つ、拡散係数Dの違いの要因となっているのは、平均自由時間tと平均自由行程lの「平均」の取り方です。1/2倍の係数がかかったりかからなかったりするのは、この平均操作の仕方の違いに起因します(注:パウリ[3]とChapman[11]はまた別の理由で1/2の係数をつけています)。気体分子運動論では、気体分子同士の衝突イベントと次の衝突イベントの間の時間の平均がt、衝突イベントから次の衝突イベントが起きるまでに進める距離の平均をl、としています。これらの統計平均を計算する際、どのような確率分布を仮定するかによって、平均値(期待値)が変わってしまうのです。このシリーズ記事では、この確率分布の取り扱い方に焦点を当てて、拡散係数の式の違いを議論していきます。

D2マフズさんとM2保科さんINTAKEセミナーでダブル受賞!

2022年11月18日~22日、東北大学・青葉山キャンパスにおいて開催された国際セミナー “Integrated Nanocomposites for Thermal and Kinetic Energy Harvesting (INTAKE) Seminar 2022″で、博士課程2年生のマフス ハサンさんと修士課程2年生の保科拓海さんが、Best Presentation Awardを受賞しました。マフスさんは、Best Presentation Awardの中で最高位のFirst Prizeに選ばれました。

INTAKEセミナーは、「IoT社会を実現するマルチ環境発電材料・デバイス国際研究拠点形成事業」の一環で開催された国際セミナーです。東北大学、早稲田大学、九州工業大学、東海大学、大阪工業大学、東洋大学、英・マンチェスター大学、英・チェスター大学、英・アストン大学、中国・清華大学、中国・北京理工大学の若手研究者が参加し、活発な意見交換を行いました。

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