日別アーカイブ: 2024年9月12日

ド・ブロイ波(4)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

位相一致の法則の式

$$2\pi\nu_1 t = 2 \pi \nu_2\left ( t-\frac{x}{V_\theta}\right )\tag{3.3 再掲} $$

を、ローレンツ変換を念頭において再検討してみましょう。

 ある慣性系\(S\)の時空座標を\((t,x,y,z)\)、\(S\)に対して相対速度\(v\)で\(x\)軸方向に移動する別の慣性系\(S^\prime\)の時空座標を\((t^\prime, x^\prime,y^\prime,z^\prime)\)とすると、両座標系は次のローレンツ変換で関連づけられます:

$$\begin{eqnarray}t^\prime &= & \frac{1}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}\left (t-\frac{vx}{c^2} \right )\label{lorentz}\tag{4.1}\\x^\prime &= & \frac{1}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}\left ( x-vt\right )\tag{4.2}\\y^\prime&=&y\tag{4.3}\\z^\prime&=&z\tag{4.4}\end{eqnarray}$$

 ここで、慣性系\(S^\prime\)において

$$\sin (2\pi\nu^\prime t^\prime)\label{sinewave}\tag{4.5}$$

という振動現象が起こっているとしましょう。式(\ref{sinewave})の正弦波は\(x^\prime\)を含んでいませんが、あえて

$$\sin \left (2\pi\nu^\prime t^\prime-2\pi\frac{x^\prime}{\infty}\right )\tag{4.6}$$

と書けば、これは波長無限大の波、つまり\(x^\prime\)軸上で一様な振動現象を表していることになります。

 この正弦波にローレンツ変換の式(\ref{lorentz})を適用すると、

$$\sin (2\pi\nu^\prime t^\prime)=\sin \left ( 2\pi \nu^\prime \frac{1}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}\left ( t-\frac{vx}{c^2}\right )  \right)\label{sinewave2}\tag{4.7}$$

となります。\( \nu=\nu^\prime\frac{1}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}\)、\( V_\theta=\frac{c^2}{v} \)とおくと、式(\ref{sinewave2})の位相部分は

$$2\pi\nu^\prime t^\prime = 2\pi\nu\left ( t-\frac{x}{V_\theta}\right )\label{phasematching2}\tag{4.8}$$

と書けます。前回示した位相一致の法則の式

$$2\pi\nu_1 t = 2 \pi \nu_2\left ( t-\frac{x}{V_\theta}\right )\label{phasematching}\tag{3.3} $$

とよく似てきました。


 前回の議論では

$$\nu_1=\frac{mc^2}{h}\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}},\;\;\; \nu_2=\frac{mc^2}{h}\frac{1}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}$$

としていたので、これを式(\ref{phasematching})に代入してみます。

$$2\pi\frac{mc^2}{h}\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}} t = 2 \pi \frac{mc^2}{h}\frac{1}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}\left ( t-\frac{x}{V_\theta}\right )\tag{4.9}$$

ここで、粒子と一緒に動く慣性系\(S^\prime\)から見た、粒子に付随する振動数を\(\nu^\prime=\frac{mc^2}{h}\)とおくと、さきほど定義した\( \nu=\nu^\prime\frac{1}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}\)も使って、

$$2\pi\nu^\prime t \sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}} = 2 \pi \nu\left ( t-\frac{x}{V_\theta}\right )\tag{4.10}$$

が得られます。\( t\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}\)は\(S^\prime\)系の固有時間なので、\(t^\prime = t\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}\)とおけます。これで

$$2\pi\nu^\prime t ^\prime = 2 \pi \nu\left ( t-\frac{x}{V_\theta}\right )\tag{4.11}$$

となり、式(\ref{phasematching2})と一致しました。

 このように「位相一致の法則」は、波の位相がローレンツ変換で変わらないという、当然の要請のことを言っているに過ぎないことがわかります。空間に広がって伝搬する波動のローレンツ変換ですから、位相一致は空間のあらゆる地点で起こっていることになります。


 以上の議論を踏まえて、位相一致の法則のアニメーションをブラッシュアップしてみました。今度は粒子内部の振動と位相波を重ねて示し、位相一致の法則が空間のいたるところで成立することがわかるよう、横にたくさん粒子を並べています。

 縦に複数の波を並べたのは、速度\(v\)との関係を示すためです。最上段は\(v=0\)、すなわち、\(S^\prime=S\)の特殊ケースです。下段に行くほど、粒子の速度\(v\)が光の速度に近づきます。ローレンツ収縮を意識して、粒子の幅も進行方向に縮めて示しています。粒子の速度\(v\)が大きくなると、赤線で示した位相波の振動数は増えていきますが、位相一致点の青玉の振動は、時間の遅れを反映した、ゆっくりした動きになっていきます。

 以上のように、粒子に\(h\nu=mc^2\)で振動数を結び付け、なおかつ、この粒子が速度\(v\)で運動した際のローレンツ変換とも整合する振動現象の描像を得ることができました。

 速度\(v\)で運動する粒子との位相一致点は、上のアニメーションで示したとおり、空間上のあらゆる点にとることができます。もし、先に波動が与えられたとして、空間の特定の位置を占めつつ運動する粒子の描像を得るにはどうしたらよいのでしょうか?

 ヒントはすでに、このページの一番上の、アイキャッチ画像に示してあります。次回、いよいよ波束(ウェーブパケット)の群速度と粒子の描像の関係について説明します。

ド・ブロイ波(3)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

熟考の末、ド・ブロイは矛盾を解決するアイデアを思いつきました。それが、今回紹介する「位相一致の法則」です。


位相一致の法則

速度\(v\)で移動する粒子の内部で振動現象が起こっており、その振動数は静止系からみて

$$\nu_1 = \frac{m_0c^2}{h}\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}\tag{3.1}$$

とする。この振動の位相は、位相速度\(V_\theta=c^2/v\)で前進する

$$\nu_2 = \frac{m_0c^2}{h}\frac{1}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}\tag{3.2}$$

という振動数をもつ波の位相と、粒子が存在するその1点において常に一致する。すなわち、

$$2\pi \nu_1t = 2\pi \nu_2\left ( t-\frac{x(t)}{V_\theta}\right )\tag{3.3}$$

ここで\(x(t)\)は、静止系の時間\(t\)の間に粒子が進む距離。


この位相一致の法則のイメージをアニメーションで示すと、こんな感じです。

上段が速度\(v\)で移動する粒子。その粒子の中で上下運動している青玉は、振動数

$$\nu_1 = \frac{m_0c^2}{h}\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}$$

で振動しています。

 一方、下段の赤い波が、位相速度\(V_\theta=c^2/v\)で前進する

$$\nu_2 = \frac{m_0c^2}{h}\frac{1}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}$$

という振動数の波です。

 上段の青玉と下段の赤線で示した進行波は、全く異なる振動数で振動しているのですが、速度\(v\)で前進する粒子の位置、その1点に注目してみると、位相が完全に一致していて、同期していることがわかります。

 位相一致の法則の証明はむずかしくありません。


位相一致の法則の証明

時間\(t\)の間に粒子が進む距離\(x\)は\(x=vt\)だから、\(t=x/v\)。よって振動数\(\nu_1\)で振動する波の位相は、時間\(t\)の間に

$$2\pi\nu_1t=2\pi\frac{m_0c^2}{h}\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}\frac{x}{v}\tag{3.4}$$

だけ進む。一方、

$$\nu_2\left ( t-\frac{x}{V_\theta} \right ) = \frac{m_0c^2}{h}\frac{1}{\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}}\left ( \frac{x}{v}-\frac{vx}{c^2}\right )=\frac{m_0c^2}{h}\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}\frac{x}{v}\tag{3.5}$$

であるから、

$$2\pi  \nu_1t =2\pi \nu_2\left ( t-\frac{x(t)}{V_\theta}\right )\tag{3.6}$$

が成り立つ。Q.E.D.


 以上から、ド・ブロイが\(h\nu=mc^2\)で結び付けたかった振動現象は、上のアニメーションで赤線で示した、粒子の周辺の空間に広がる波であればよさそうなことがわかってきました。この波は、位相速度\(V_\theta=c^2/v\) で粒子と同じ方向に、粒子を先導するかのように進みます。粒子の速度\(v\)と関係しているのです。この位相速度\(V_\theta=c^2/v\) の波を、ド・ブロイは「位相波」と名付けました。粒子の速度は観測者によって変わりますから、位相波が進む速度も観測者によって異なることになります。

 注意していただきたいのは、この位相波の速度\(V_\theta=c^2/v\) は光よりも速いことです。相対性理論によると、物体が光の速度を超えることは許されないので、ド・ブロイは、この位相波はエネルギーや情報を運ぶことは決してないだろうといっています。

\(V_\theta=c^2/v\)は光速を超える!

 

 位相波の速度\(V_\theta=c^2/v\) は、\(v\)が大きくなるほど減少し、\(v=c\)の極限で\(V_\theta=c\)となります。粒子の速度と位相波の速度が一致するのです。ド・ブロイは光学と力学の統一を目指していたので、光子にもこの関係が適用できると考えていました。現在の物理学では、光子の質量はゼロというのが標準的な考え方ですが、ド・ブロイは、光子にもごくわずかなから質量があると考えていたようで、光子の速度\(v\)はいわゆる光速度\(c\)より若干遅く(おかしな言い方ですが)、光子の位相波は、光子よりほんの少しだけ速く進むと考えていました[1]

※このページだけご覧になる方が誤解しないよう補足しますと、ド・ブロイが考えたこの位相波は実在するものとは考えられておらず、現在の標準的な物理学で正しい理論と考えられているわけでもありません。ですが近年、幾何学的位相という概念を用いて説明される物質相が認識されているように、位相に注目するド・ブロイの着想を振り返ることには意義があるんじゃないかなと、筆者は思っています。

[1] ジョルジュ・ロシャク著,宇田川博訳「ルイ・ド・ブロイ 二十世紀物理学の貴公子」国文社(1995)