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完全拡散律速モデル(1)

Deal-Groveモデルでは、SiO2膜厚が薄い初期の段階は界面における酸化反応が律速となり、そのためSiO2膜厚は時間に対して線形に増加すると説明されてきました。しかし2004~2005年にかけて発表された第一原理量子化学計算[1,2]により、

界面におけるO2分子とSi基板の化学反応にはエネルギー障壁がほぼ存在しない

という驚くべき事実が明らかにされました。

 では初期の線形領域はなぜ存在するのでしょうか? 線形領域の酸化速度の活性化エネルギー2.0eVは、いったい何のエネルギー障壁を示しているのでしょうか?

 上記の界面反応の量子化学計算を発表したBongiornoとPasquarello[1]は、界面近傍のSiO2層は圧縮歪みを帯びており、O2分子の拡散障壁が1.24eVから2.0eVに上がっているのだ、と主張しました。界面から約1nmの範囲のSiO2層は構造遷移領域と呼ばれ、この領域で密度が増加していることが以前より実験でも指摘されていました。

 だとすると、Deal-Grove方程式の界面反応速度係数\(k\)も、SiO2膜厚が薄い初期段階のO2分子の拡散速度に関係していることになります。\(k\)が拡散係数\(D_0\)に関係しているとしたら、初期の異常な酸化速度の解釈も変わる可能性があります。

 そこで筆者(渡邉)[3]は、界面近傍の構造遷移領域で局所的に拡散障壁が増加するというモデルを前提にして、Deal-Grove方程式に代わる新しい線形‐放物型方程式を導き、線形速度定数\(B/A\)を新たに定式化しました。新しい方程式を使って、線形速度定数\(B/A\)の実験値に合うような構造遷移領域の厚さを求めたところ、その厚さはおおむね1nm程度と算出されました。これは実験で指摘されていた構造遷移領域の厚さと一致します。そして予想通り、初期の異常な酸化速度も拡散速度の上昇で説明すべきであることが判明し、Fargeixらの解析[4]以来お蔵入りにされてきた「初期増速拡散説」が復活することがわかりました。

[1] A. Bongiorno, A. Pasquarello, Phys. Rev. Lett., 93, 086102 (2004).
[2] T. Akiyama and H. Kageshima, Surf. Sci., 576, L65 (2005).
[3] T. Watanabe, K. Tatsumura, I. Ohdomari, Phys. Rev. Lett., 96, 196102 (2006).
[4] A. Fargeix, G. Ghibaudo, G. Kamarinos, J. Appl. Phys. 54, 2878 (1983).


完全拡散律速モデルにおける酸化種濃度の深さプロファイルと拡散障壁プロファイル

 

上図が、完全拡散律速熱モデルで想定するO2濃度プロファイルです。右側のグラフは、構造遷移領域におけるO2分子の拡散係数の活性化エネルギーの分布を示しています。Deal-Groveのような界面反応の障壁の代わりに、界面近傍の厚さLの構造遷移領域内で拡散障壁が上昇し、濃度が急低下していると考えるのです。

次回から、上図のモデルに基づく新しい酸化速度方程式の導出を示していきます。

Fargeixの解析

ドライ酸化のごく初期で見られる酸化速度の異常な増加は、当初、酸化種が速く拡散するために起こる現象と考えられていました。前回紹介したように、DealとGroveは、Mott-Cabreraのモデルを引き合いに出してイオン化した酸化種の増速拡散で説明しています。

しかし、1983年に発表されたFargeixらの解析1)で、この増速拡散モデルは否定されることになります。今回はFargeixらがどんな解析を行ったのか紹介いたします。


Fargeixらは、酸化速度の逆数\(dt/dx_0\)の振る舞いを調べました。Deal-Groveの微分方程式によると、\(dt/dx_0\)は

$$ \frac{dt}{dX_0}=\frac{A}{B}+\frac{2}{B}x_0 $$

と与えられ、傾きが\(2/B\)、切片が\(A/B\)の直線を描きます。しかしドライ酸化では、下図に示すように酸化膜厚\(x_0\)が薄い初期の領域で直線ではなくカーブを描きます。このカーブを描いている部分が初期の異常領域です。注目すべきは、酸化条件によらずこのカーブが常に下に曲がっていること、すなわち、\(x_0\)が小さくなるほどグラフの傾きが大きくなるという共通点があることです。

酸化膜の成長速度の逆数と酸化膜厚の関係。初期領域でグラフが下に曲がっている。(Fargeixらの論文1)を元に作成)

この実験結果から以下のことが言えます。\(x_0\)が小さくなるにつれてグラフが下に曲がっているということは、Deal-Grove方程式によると

  1. \(x_0\rightarrow 0\)で傾き\(2/B\)が増加している
  2. \(x_0\rightarrow 0\)で切片\(A/B\)が低下している

のいずれか、ということになります。

もし酸化種の増速拡散が原因でグラフが曲がったとするなら、拡散係数\(D_0\)に比例して\(B\)も大きくなるはずです。よって、下図に示すように傾き\(2/B\)は減少し、グラフは上向きに曲がることになります。これはFargeixらの実験結果と逆の傾向です。

Deal-Groveモデルに基づくグラフの曲がりの解釈。初期領域で拡散係数D0が増加しているとするとグラフが上に曲がらなければならない。

Fargeixらの実験結果を説明するには。界面反応速度定数\(k\)が\(x_0\rightarrow 0\)で増加し、線形速度定数\(B/A\)の逆数である切片\(A/B\)が低下していると考えなければなりません。

こうして、ドライ酸化の初期にみられる線形特性からのズレは、界面における酸化反応速度が速くなっているからだとされ、DealとGroveが言うような酸化種の増速拡散によるものではない、という結論に至ったのです。

ただしFargeixが導いた結論は、あくまでDeal-Grove方程式に基づく解釈です。2006年に筆者(渡邉)が発表した新しい線形-放物型方程式2)ではFargeixらの実験の解釈が180度変わり、「初期増速拡散」説が復活することがわかりました。次回からこの新しいモデルを解説していきます。

  1. A. Fargeix, G. Ghibaudo, G. Kamarinos, J. Appl. Phys. 54, 2878 (1983)
  2. T. Watanabe, K. Tatsumura, I. Ohdomari, Phys. Rev. Lett., 96, 196102 (2006).