渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)
ボルツマン方程式から拡散係数を導く
非平衡統計力学のボルツマン方程式を学ぶと、ドリフト移動度を定義しなくても、
を比較的すっきりと導くことができます。ボルツマン方程式とは、空間座標と運動量の6次元の位相空間における、粒子系の分布関数についての微分方程式で、次式で与えられます。
は粒子系に加わる外力、は衝突によって生じる変化、すなわち、微小領域において微小時間に衝突によって生じるの変化を表します。この衝突項を
とするのが緩和時間近似です。が緩和時間と呼ばれるパラメータで、は熱平衡状態の分布関数を表します。今、外力が加わっておらず、濃度の一様な系を仮定すると、式において、とおけるので、
が解くべき微分方程式となります。初期値を境界条件とする解は
となり、時定数でに落ち着いていく、という解になります。
衝突が分布関数に与える影響は、本来、電子の運動エネルギーに依存するはずです。例えば、半導体中の電子が不純物イオンと衝突する場合、電子が速く動いている時はゆっくり動くときと比べて、不純物イオンの周辺のポテンシャルの影響は小さく、正面衝突するのでなければ、進路はそれほど大きく乱されません(図3.1参照)。よって緩和時間はの関数とみなすべきです。それを無視して、緩和時間を定数とおいてしまおうという、ざっくりした近似を、定緩和時間近似と呼びます。
図3.1 キャリア散乱の速度依存性
拡散電流は、分布関数が実空間上で一様でない場合に生じます。外力がなく、濃度が一様でない状態で系が定常状態にあるとき、式において、とした
の解を求めてみましょう。として式変形すると
となります。ここで、の大きさが十分小さく、解がべき級数
の形で表せると仮定して、を求めてみます。式を式に代入すると、
となり、各次の項を比較すると
と求まります。ここでは展開を1次で打ち切って、
を近似解として採用しましょう。
拡散電流(正確には拡散電流密度。単位はA/cm)を求めるには、運動量空間でを積分します。
今、の偏りが実空間の方向にのみ一様に生じていると仮定すると、拡散電流は成分のみとなり、
となります。なお、ここでは分布関数がと変数分離できると仮定し(は実空間上の電子密度分布を表します)、
としています。とおけるので
となり、これをフィックの法則
と比較すると、拡散係数は
となります。緩和時間を平均自由時間、根二乗平均速度を平均熱速度とみなせば、とおくことで、式は式と一致します。緩和時間と平均自由時間は元来異なる概念ですが、1回の衝突で過去の履歴が完全に失われ速度分布がリセットされると仮定すると、両者は一致します(この仮定はよく設けられる仮定ですが、よくよく考えると、必ずしも妥当とは言い切れない仮定です)。
念のため断っておきますが、「 が正しい」と言いたいのではありません。ボルツマン方程式の定緩和時間近似で導かれる拡散係数と整合する、と言いたいだけです。