拡散係数もいろいろ(3)

渡邉孝信(早稲田大学・電子物理システム学科)

ボルツマン方程式から拡散係数を導く

 非平衡統計力学のボルツマン方程式を学ぶと、ドリフト移動度を定義しなくても、

(3.1)D=13vl

を比較的すっきりと導くことができます。ボルツマン方程式とは、空間座標rと運動量pの6次元の位相空間における、粒子系の分布関数f(r,p,t)についての微分方程式で、次式で与えられます。

(3.2)ft+pmfr+Ffp=(ft)c

Fは粒子系に加わる外力、(ft)cは衝突によって生じる変化、すなわち、微小領域drpdpにおいて微小時間dtに衝突によって生じるfの変化を表します。この衝突項(ft)c

(3.3)(ft)c=ff0τ

とするのが緩和時間近似です。τが緩和時間と呼ばれるパラメータで、f0は熱平衡状態の分布関数を表します。今、外力Fが加わっておらず、濃度の一様な系を仮定すると、式(3.2)においてF=0fr=0とおけるので、

(3.4)dfdt=ff0τ

が解くべき微分方程式となります。初期値f(0)を境界条件とする解は

(3.5)f(t)=(f(0)f0)etτ+f0

となり、時定数τf0に落ち着いていく、という解になります。

衝突が分布関数に与える影響は、本来、電子の運動エネルギーに依存するはずです。例えば、半導体中の電子が不純物イオンと衝突する場合、電子が速く動いている時はゆっくり動くときと比べて、不純物イオンの周辺のポテンシャルの影響は小さく、正面衝突するのでなければ、進路はそれほど大きく乱されません(図3.1参照)。よって緩和時間τpの関数τ(p)とみなすべきです。それを無視して、緩和時間τを定数とおいてしまおうという、ざっくりした近似を、定緩和時間近似と呼びます。

図3.1 キャリア散乱の速度依存性

 

 拡散電流は、分布関数が実空間上で一様でない場合に生じます。外力Fがなく、濃度が一様でない状態で系が定常状態にあるとき、式(3.2)においてF=0ft=0とした

(3.6)pmfr=ff0τ

の解を求めてみましょう。p/m=vとして式変形すると

(3.7)f(r)=f0(r)τvfr

となります。ここで、τvの大きさが十分小さく、解がべき級数

(3.8)f=f0τvf1+(τv)2f2

の形で表せると仮定して、f1,f2,を求めてみます。式(3.8)を式(3.7)に代入すると、

(3.9)f0τvf1+(τv)2f2=f0τvf0r+(τv)2f1r

となり、各次の項を比較すると

f1=f0r,f2=f1r,

と求まります。ここでは展開を1次で打ち切って、

(3.10)f(r)f0(r)τvf0r

を近似解として採用しましょう。

 拡散電流J(正確には拡散電流密度。単位はA/cm2)を求めるには、運動量空間でvfを積分します。

(3.11)J=qvfdp=q{vf0τv(vf0r)}dp

今、fの偏りが実空間のx方向にのみ一様に生じていると仮定すると、拡散電流はx成分のみとなり、

(3.12)Jx=q(vxf0τvx2f0x)dp=qτvx2dndx

となります。なお、ここでは分布関数がf0(r,p)=n(r)g0(p)と変数分離できると仮定し(n(r)は実空間上の電子密度分布を表します)、

(3.13)vx=vxg0(p)dp=0

(3.14)vx2=vx2g0(p)dp(=kBTm)

としています。vx2=v2/3とおけるので

(3.15)Jx=qτv23dndx

となり、これをフィックの法則

(3.16)Jx=qDdndx

と比較すると、拡散係数D

(3.17)D=13τv2

となります。緩和時間τを平均自由時間t、根二乗平均速度v2を平均熱速度vとみなせば、l=vtとおくことで、式(3.17)は式(3.1)と一致します。緩和時間τと平均自由時間tは元来異なる概念ですが、1回の衝突で過去の履歴が完全に失われ速度分布がリセットされると仮定すると、両者は一致します(この仮定はよく設けられる仮定ですが、よくよく考えると、必ずしも妥当とは言い切れない仮定です)。

 念のため断っておきますが、「D=vl/3 が正しい」と言いたいのではありません。ボルツマン方程式の定緩和時間近似で導かれる拡散係数と整合する、と言いたいだけです。