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複式簿記による研究費管理のススメ(6)

帳簿の運用方法

前回まで、仕訳の仕方試算表および財務諸表の簡易版であるサマリー表の作り方を一通り見てきました。次に、これら帳簿の運用方法を説明します。

1) 年度始めの支出計画立案

4月に交付額が決まったら、まずは空の帳簿を作成し、最初の取引として仕訳帳に交付金の入金を記録します。実際の入金は数か月先になる場合が多いですが、所属機関で研究費の執行が可能になっていれば、研究者から見れば入金されたも同然です。入金扱いで問題ありません。

次に、年間の支出計画を引当金に計上します。できるだけ確実性が高い支出計画を記載し、本当に支出するかどうか読めない支出計画は、優先度が高くなければ記載しないことを勧めます。後々の計画変更をできるかぎり抑制し、純資産の見積もりの精度を高めるためです。

2) 月毎のチェックと計画見直し

年度の初頭に予算計画を立てたら、あとは経理担当者に仕訳帳への記入を任せます。月に一度くらいのペースでミーティングを行い、引当金の中身を精査していけば十分でしょう。

ただし、サマリー表は、仕訳帳、試算表と連動させてプロジェクトリーダーが常時見られるようにしておきます。帳簿ファイルをクラウド・サーバーに保存して共有しておくと良いでしょう。プロジェクトのメンバーから日々寄せられる買い物要求に対して可否を判断するには、純資産の正確な金額を常に把握しておく必要があるからです。

引当金は月毎に分けていますので、過去の月の引当金はゼロ円になるのが理想的です。もし、4月に利用した実験施設の使用料の請求書が5月に発行されると判明した場合、「引当金(4月)」に計上していた金額をいったん取り下げ、改めて「引当金(5月)」に計上しなおす習慣にしておけば、過去の月の引当金はゼロ円になるはずです。ゼロ円にならなければどこかに問題があるはずなので、この作業を通じて様々なミス、トラブルを発見することができます。

既に述べたように、ここでは総勘定元帳への転記を省略していますが、引当金のチェック用に、引当金の勘定元帳くらいは月に一度作成しても良いかもしれません。ただし、EXCELのフィルタ機能を使えば仕訳帳の中で引当金の項目を抽出できますので、わざわざ勘定元帳を作成しなくても問題なく作業はできるでしょう。


この記事では、複式簿記の仕組みをつかって、年度予算の適切な執行を補助する方法を解説してきました。作業のゴールは表3のサマリー表の作成ですが、これを作成するだけなら、なにも複式簿記にする必要はありません。従来の支出管理表に加えて、執行予定の金額と執行予定時期を記録した帳簿を作っておけば、全く同じ表が作成できるからです。

それでも複式簿記を勧める理由は、簿記の基本的な知識がある人になら誰にでも日々の帳簿への記入作業を任せられるというメリットがあるからです。簿記の勉強を兼ねて学生に協力してもらうのも有意義でしょう。仕訳のルールさえ理解してもらえていれば、経理担当者の引継ぎがスムーズに行えますし、複数人で共同管理することも可能です。ローカル・ルールではなく、標準化された枠組みの中で所望の機能を実現しているところに、ここで紹介した方法の良さがあると思います。

(渡邉 孝信)

複式簿記による研究費管理のススメ(5)

サマリー表の作成

「サマリー表」とは、研究費の経理処理に必要な情報をまとめた、財務諸表の簡易版です。バランスシートの「資産」「負債」「純資産」の金額、損益計算書の中の「費用」の内訳、そして各月の「引当金」の残高を一覧表示させます。

表2に示した試算表から作成したサマリー表を表3に示します。これを「科研費・基盤研究(〇)」、「○○財団研究助成金」など研究費ごとに用意します。いちいち新たに作成するのではなく、試算表と連動して自動的に更新されるように、同じEXCELファイル内に作り込んでおきます。

表3 サマリー表

1行目の右の方に、「資産」および「負債」の合計金額が記載されています。これは「試算表」の「資産」および「負債」の勘定科目の、「当期増分」の合計金額です。2行目の右端にある「純資産」は、「資産」から「負債」を引いた差分です。この「資産」、「負債」、「純資産」の3つの金額からなる極めて単純な表が「バランスシート」になっています。「純資産」は、現在の研究費の残金のうち、支出予定が決まっていない金額、すなわち、これから自由に使途を決められる研究費の余裕を表しています。この例では、この時点で73万円ほど余裕があることになります。年度初めに純資産が沢山あると安心ですが、年度末に向けてゼロになるように執行のペースを調節していく必要があります。

3行目以降は、「試算表」のうち、「費用」と「負債」の内訳を見やすく並べ替えたものです。公的研究費の場合、「設備備品費」、「消耗品費」、・・・といった費目の額が交付時に決まっています。ある程度の費目間流用は認められているものの、基本的には計画通り執行することが求められますので、各費目の合計金額が許容範囲に収まっているどうかもチェックする必要があります。そこで、「予算額」という列に、交付時に設定した各費目の金額を参考データとして記載しています。

なお、表3の例では国内旅費が予算オーバーになっていますが、科研費の場合、直接経費総額の50%までは費目間流用が認められているので問題ありません(科研費ハンドブック2018年度版参照)。 さらに付け加えると、直接経費総額の50% が300万円以下の場合は、300万円まで費目間流用が認められています。ですので、年度予算が数百万円規模の科研費の場合、費目間流用制限で困ることはほとんどありません。科研費は柔軟でとても良い制度です。

3行目以降の右の方に、各月の「引当金」に計上した金額が記載されています。これが現時点で予定されている未執行の金額を表しています。過去の月の引当金がゼロになっていない場合は要注意です。なぜなら、その月に予定していた支出が完了していないことを意味しているからです。単に請求書が手元に届いていないだけかもしれないし、業者に発注するように指示していたのに当の担当者が忘れていた、といったミスが潜んでいるかもしれません。あるいは、支出計画から外したつもりでいたのに、経理担当者に正しく伝達されておらず、帳簿に反映されていなかっただけかもしれません。

このように、「引当金」の数字は、研究費執行上の様々なトラブルを発見するトリガーとして大変役立ちます。

これまでの記事で、仕訳の仕方、試算表およびサマリー表の作り方まで一通り見てきました。次回は、これら帳簿の日々の運用方法を説明します。

(渡邉 孝信)

複式簿記による研究費管理のススメ(4)

試算表の作成

企業会計では、各期末に

  1. 仕訳帳から総勘定元帳へ転記する。
  2. 各勘定科目残高の試算表を作成する。
  3. バランスシート(貸借対照表)や損益計算書などの財務諸表を作成する。

という作業をします。これに対し研究費の執行では、年度途中の好きな時にいつでも財務諸表を閲覧できるようにしなければなりません。期末になってから財務諸表を作っても、バランスシートの中身がすべてゼロ円になってしまっていて全く意味がありません。 そこで、上記の一連の作業を自動化し、期中における最新の財務諸表をリアルタイムで見えるようにする必要があります。

研究費の管理にEXCELを使っている方が多いと思いますが、EXCELで複式簿記を行う場合に厄介な作業が「勘定元帳への転記」です。これを自動化するにはどうしてもEXCELマクロ(VBA)の助けが必要となり、一気にハードルが高くなってしまいます。

研究費の管理程度の業務ならば、勘定元帳は必要ありません。ここでは勘定元帳への転記の手続きをスキップし、仕訳帳から直接、各勘定科目の残高を記載した試算表を作成するやり方を勧めます。

表2に試算表を示します。勘定科目ごとに、仕訳帳の借方に記載された金額の合計と、貸方に記載された金額の合計が記載されています。EXCELのSUMIF関数を使えば、仕訳帳の借方、貸方の列から該当する勘定科目の金額を探して合計できるので、仕訳帳と連動させて常に最新の試算表を表示することができます。


表2 試算表

例えば勘定科目「研究資金」の「借方合計」のセルには

=SUMIF(I:I,B2,J:J)

と記入します。試算表の右側に仕訳帳があり、I列は仕訳帳の借方勘定科目の列、J列は借方の金額が並んでいる列です。B列は試算表の中の勘定科目を指します。

同様に 勘定科目「研究資金」の「借方合計」のセルには

=SUMIF(K:K,B2,L:L)

と記入します。K列は仕訳帳の貸方勘定科目の列、L列は貸方の金額が並んでいる列です。

一番右端の「当期増分」は借方合計金額と貸方合計金額の差分ですが、勘定科目のポジションによって差分の取り方に違いがありますので注意が必要です。

「資産」および「費用」に分類される勘定科目の場合は、

当期増分 = 借方合計 ー 貸方合計

と計算します。「負債」および「収益」に分類される勘定科目の場合は

当期増分 = 貸方合計 ー 借方合計

で計算します。EXCELの関数で実現するなら、例えば勘定科目「研究資金」の「当期増分」のセルに

=IF(OR(A2=”資産”,A2=”費用”),C2-D2,D2-C2)

と記入します。

プラスの金額になるようにこのように場合分けするのですが、マイナスの数字になるケースもないとは限りませんので、安易に差分の絶対値を取らないようにしてください。

試算表ができてしまえば、研究費の執行状況の全容が見えてきます。例えば、交付金500万円のうち、1,329,858円が既に消費され、当初立てた支出計画が6月分まで順調に執行されている、といったことがこの表からうかがえます。

ここからさらに必要な情報を整理してまとめた、財務諸表の簡易バージョン「サマリー表」の作り方の例を次回紹介します。

(渡邉 孝信)

複式簿記による研究費管理のススメ(3)

仕訳の具体例

1) 引当金の計上

たとえば、12月に サンフランシスコ で開催される国際会議に出張する計画を、年度始めに立てるとしましょう。この場合、仕訳帳には以下のように記入します。

図1 引当金を計上する仕訳の例

借方に「引当金繰入(海外旅費)」を記入し、貸方に「引当金(12月分)」を記入します。金額はとりあえず概算を記入しておきます。日付をどうするか悩むかもしれませんが、引当金を計上する場合は一律に“記入した日“を記入するとよいでしょう。

2) 引当金に計上した計画の実行

国際会議に投稿していた論文の採択通知が届き、出張が正式に決定したとしましょう。航空券を手配し、出張旅費の金額も定まりました。この場合、引当金に計上していた計画を取り下げ、確定した金額で本支出の記録をつけます。

図2 計画を実行するときの仕訳の例

1行目は引当金に計上していた計画の取り下げです。借方と貸方が入れ替わっていることに注意しましょう。これを記入するには、以前(今回の例では4月1日)に引当金に計上していた計画を参照する必要がありますが、計上していたことをうっかり忘れ、引当金の取り下げ処理をし忘れてしまうこともあり得ます。こうした場合の対処方法は、第6回「帳簿の運用方法」で説明します。

2行目、3行目は本支出です。借方に「海外旅費」、貸方に「研究資金」を記入します。

3) 計画の取り下げ

今度は別のケースとして、国際会議に投稿していた論文の不採択通知が届き、国際学会出張の計画を取りやめる場合を考えてみましょう。この場合は、引当金に計上していた計画を取り下げる処理のみを行います。

図3 計画を取り下げる場合の仕訳の例

計上した時と逆に、借方に「引当金(12月分)」を記入し、貸方に「引当金繰入(海外旅費)」を記入します。

あるいは、もっと単純な方法として、以前に引当金に計上した際の仕訳の記録を消去してしまう、というやり方もあります。どちらを選択するかは運用のポリシー次第ですが、ここでは「意思決定のすべての過程を記録に残すこと」を運用ポリシーとし、消さない例を示しました。

4) 直接執行(引当金に計上していなかった支出)

予め計画していなかった支出をすることも多々あるでしょう。この場合は、引当金を介さず、最初から本支出の処理をします。例として、4月12日にPCソフトを32,400円で調達した場合を示します。

図4 直接執行する場合の仕訳の例

借方に「消耗品費」、貸方に「研究資金」を記入します。PCソフトは所属機関によっては「設備備品」扱いになる場合もあると思いますが、ここでは消耗品扱いで処理できるとしています。

5) 交付金の入金

説明の順番が逆になりましたが、期首に交付金が入金されたときの仕訳の例を示します。

図5 交付金の入金

借方に資金の勘定科目である「研究資金」、貸方に収益の勘定科目である「交付金」を記入します。

次回は、仕訳帳を元に試算表を作成する例を紹介します。

(渡邉 孝信)

複式簿記による研究費管理のススメ(2)

勘定科目の設定

研究費管理用の勘定科目の例を示します。ポイントは「引当金」と「引当金繰入」にあります。この2種類の勘定科目を使って、いつごろ、どの費目の支出を予定しているかを明示します。

表1 勘定科目の例

「引当金」は、4月分から翌年の3月分まで、月毎に分かれています。これで、何月にいくら、執行すべき予定があるかがわかります。引当金に計上する際は、相手方勘定科目に「引当金繰入」を指定します。「引当金繰入」は、「設備備品費」、「消耗品費」、・・・のように研究費の費目ごとにわかれているので、どの費目の支出が予定されているかを把握できます。

帳簿は研究費の種類ごとに用意します。ここで言う研究費の種類とは、例えば「科研費・基盤研究(〇)」とか「○○財団研究助成金」などを指します。EXCELを使うなら別々のシートで各研究費を管理します。全てを一つにまとめることもできますが、その場合、上の表に示した勘定科目のうち、「交付金」を除くすべての勘定科目を研究費の種類の数だけ用意しなければならず、かえって仕訳が面倒になります。

次回は、この勘定科目を使った仕訳の方法を具体例を示しながら解説します。

(渡邉 孝信)

複式簿記による研究費管理のススメ(1)

はじめに…なぜ複式簿記か?

科研費や学内研究費など、交付された金額を年度内に粛々と消化していく予算は、単式簿記、それも単なる支出管理表で管理するのが普通です。企業会計で一般的な複式簿記を研究費の管理に使うことはまずありません。売掛金のような潜在的な資産や、借入金などの負債が生じないので、わざわざ借方・貸方に分けて二面的に管理する必要がない、と考えられているからでしょう。

ところで、研究プロジェクトの規模が大きくなってくると、単に支出を記録していくだけの経理処理では、適切な執行が難しくなってきます。たとえば、ある時点で十分な残額があったとしても、その後に予定されている支出を考慮せずに執行してしまい、年度末に研究費が不足し研究が停滞する、という事態は、多くの方々が経験されてきたことでしょう。あるいは逆に、慎重を期するあまり支出を抑えすぎ、年度末近くになって予想以上に研究費が余ってしまって、適切な予算消化に心を砕くこともあるでしょう。

つまり研究費のような年度予算の経理処理は、発生した支出をその都度機械的に記録していけば済むようなものではなく、日々状況が変わる研究の進捗に応じて、現在までの執行状況と今後の計画の両方をにらみながら決定を下していく必要があるもので、本質的に二面性を帯びた業務だと言えます

この記事では、複式簿記を研究費の管理に活用する方法を紹介します。

「引当金」という勘定科目を今後の予定支出に割り当て、現在までの執行状況と今後の予定をバランスシートで一覧できるようにするのです。ある時点の研究費の残額が「資産」、今後の予定支出が「負債」、自由に使い道を決められる実質的な残額が「純資産」に対応します。

年度末にはすべての研究費を消費しますから、最終的にバランスシートは消滅します。ですので、この場合のバランスシートは、企業会計のように期末における財政の健全性チェックに使うものではありません。あくまでも期中において、未消化の予算を把握し適切に執行していくために用いるのです。

年度予算のバランスシートの推移

現状の執行状況と今後の予定の両方を記録することは、おそらく既に多くの方々が実践してきていることであり、わざわざ複式簿記を持ち出すまでもなかろう、という意見もあるでしょう。

それでも筆者は、複式簿記にすることには以下のようなメリットがあると考えています。

  • 確立された簿記法に則っているので、経理担当者が交代しても引継ぎが容易。
  • 支出の実績と将来の支出計画を一元管理できる。
  • 貸借平均の原理に反するミスを検出できる。
  • 発生主義会計なので、引当金の繰入や戻入の月日(起案日)を記録できる。つまり新たな支出計画の立案や取り下げの記録が残せる。
  • 複式簿記の会計ソフトが利用できる(かもしれない)。

この記事は複式簿記の知識を前提として書いていますが、工業簿記はもちろんのこと、商業簿記と比べても取引の種類がはるかに少ないので、簿記のごく初歩的な事柄だけ知っているだけで理解できます。


(渡邉 孝信)

ドライ酸化の初期異常

Deal-Groveの線形-放物型成長曲線

$$x_0^2+Ax_0 =B (t+\tau) $$

は、ウェット酸化についてはほぼ\(\tau=0\)となり、\(t=0\)、\(x_0=0\)の初期段階からDeal-Groveモデルで記述できます。しかし、ドライ酸化に関しては\(\tau\neq 0\)であり、\(t=0\)付近の初期段階は線形-放物型成長曲線から外れてしまいます。ドライ酸化において、初期酸化はDeal-Groveモデルよりもかなり速く進みます。

ドライ酸化とウェット酸化における極初期のSiO2膜成長曲線 。ウェット酸化はSiO2膜厚ゼロからDeal-Grove方程式に従うが、ドライ酸化は膜厚40nm程度まで成長速度がDeal-Grove方程式の解より著しく増大する。

Mott-Cabreraモデル

ドライ酸化に見られるこの初期の速い酸化は、実はそれほど珍しい現象ではなく、CuやAlなど金属表面の酸化でも観測されていました。金属表面でみられる初期の速い酸化現象を最初に説明したのがMottです。その後Mottは、Cabreraと一緒に、金属表面の酸化膜の成長速度を体系的に説明した論文1)にまとめあげました。これが後に頻繁に引用され、Mott-Cabreraモデルと呼ばれるようになりました。

CuやAlの表面の酸化では、金属がイオン化して酸化膜中を拡散し、表面でイオン化した酸素イオンと出会って酸化反応を起こすと考えられています。これら個々のイオンが作る電界はデバイ遮蔽のメカニズムで打ち消されますが、デバイ長以下の近距離では無視できない電界が残ります。

Mott-Cabreraモデルによると、金属酸化膜の厚さがデバイ長以下の場合は、酸化膜表面でイオン化した酸素分子がつくる電界が酸化膜の膜厚方向全体に及びます。この電界によって酸化膜中の金属イオンの動きが加速され、初期の酸化速度が著しく増加すると説明されます。

Mott-Cabreraの初期酸化モデル。表面に吸着した酸素分子がイオン化し、薄い酸化膜中に形成された電界によってイオンの拡散が促進される。

Si表面の熱酸化ではSiは動かず、酸化種分子だけが酸化膜を拡散すると考えられていますので、DealとGroveは、イオン化した酸化種の拡散がこの電界で促進されているだろうと考察しました。

DealとGroveの見積もりによると、酸化膜表面に吸着したO2分子が電離してできるプラズマのデバイ長は1000℃で15nm程度となり、初期の異常な酸化速度が観測される領域とオーダーで一致します。一方H2O分子の場合は0.6nmしかなく、ウェット酸化で初期異常が観測されないのはこのためであろうと考察しました。

なかなか見事な説明です。しかし、このイオン化した酸化種の拡散が増速しているという解釈は、1983年にFargeixらが行った解析により2)否定されることになります。

  1. N. Cabrera and N. F. Mott, “THEORY OF THE OXIDATION OF METALS,” Rep. Prog. Phys. 12, pp.163-184 (1949).
  2. A. Fargeix, G. Ghibaudo, G. Kamarinos, J. Appl. Phys. 54, 2878 (1983).

Deal-Groveモデル(4)

線形速度定数\(B/A\)は、Deal-Groveモデルでは以下のように与えられます。

$$ \frac{B}{A}=\frac{C^\ast/N_1}{1/k+1/h}$$

気相物質輸送係数\(h\)は、界面反応速度係\(k\)より数桁大きいですので、\(1/k\)に比べて\(1/h\)は無視できます。よって線形速度定数は

$$ \frac{B}{A}\simeq \frac{C^\ast}{N_1}k$$

と近似でき、界面における酸化反応で決まることになります。このため、Deal-Groveモデルの枠組みでは、「線形領域は界面反応律速の領域」と解釈されます。

一方、放物型速度定数\(B\)は

$$ B=2D_0\frac{C^\ast}{N_1}$$

で与えられますから、SiO2膜中の拡散過程が律速となっていると言えます。このため、「放物型領域は拡散律速の領域」と解釈されます。

\(B/A\)と\(B\)の活性化エネルギー

DealとGroveは、この線形-放物型方程式を用いて、様々な条件下で計測した酸化速度の実験値にフィッティングし、線形速度定数\(B/A\)および放物型速度定数\(B\)の温度依存性から活性化エネルギーを見積もりました。その結果を次の表にまとめます。

B/Aの活性化エネルギー [eV] Bの活性化エネルギー [eV]
ドライ酸化(O2 2.0 1.23
ウェット酸化(H2O) 1.96 0.704

\(B/A\)の活性化エネルギーはドライ酸化でもウェット酸化でもほぼ同じです。このエネルギーはSi-Siの結合エネルギー(1.82eV)に近いことから、Si-Si結合を切る過程がドライ酸化でウェット酸化での律速過程になっているだろうとDealとGroveは推測しています。

一方、放物型速度定数\(B\)の活性化エネルギーはドライ酸化とウェット酸化で違っています。ドライ酸化の場合の\(B\)の活性化エネルギーは、溶融シリカ中のO2分子の拡散係数の活性化エネルギーと近い値になっています。また、ウェット酸化の場合は、H2O分子の拡散係数の活性化エネルギーと近い値となります。このことから、放物型領域では酸化種分子がSiO2膜中を拡散する過程が律速となっていると考えられます。

溶融シリカ中の拡散係数の活性化エネルギー [eV]
O2分子 1.17
H2O分子 0.791

以上の説明を聞くと、Deal-Groveの説明は明快で非の打ち所がないように思えます。実際、ウェット酸化については、Deal-Groveモデルはほぼ完ぺきに実験と合います。しかしドライ酸化に関しては、条件によってはDeal-Grove方程式の予測から外れることがわかっています。それは主に下記の2点です。

  • 説明できない現象1:ドライ酸化のごく初期の酸化速度が説明できない。
  • 説明できない現象2:ドライ酸化では\(B/A\)が圧力に対して飽和する傾向が観測されるが、この理由を説明できない。

次回は、これらDeal-Groveモデルの適用限界についてもう少し詳しく解説します。

Deal-Groveモデル(3)

Deal-Groveの微分方程式

$$ \frac{dx_0}{dt}=\frac{B}{A+2x_0}$$

の解を求めてみましょう。これは変数分離法で解ける簡単な問題です。

$$ (A+2x_0) dx_0=B dt$$

として両辺を不定積分し、一般解を求めます。

$$\int^{x_0}(A+2x_0^\prime) dx_0^\prime=\int^tB dt^\prime+C$$

$$\rightarrow\;\;\; x_0^2+Ax_0 =B t+C$$

\(C\)は未定の積分定数で、これを決定するには境界条件を与える必要があります。境界条件として

$$x_0(0)=x_i$$

を与えましょう。すなわち、時刻\(t=0\)で厚さ\(x_i\)のSiO2膜が既にある、とします。すると、

$$C= x_i^2+Ax_i $$

となり、微分方程式の特解として

$$x_0^2+Ax_0 =B t+ x_i^2+Ax_i $$

が得られます。あるいは、

$$x_0^2+Ax_0 =B (t+\tau) $$

と書いてもよいでしょう。ここで\(\tau=( x_i^2+Ax_i)/B\)はSiO2膜の厚さがちょうどゼロとなる、時間軸との切片(にマイナスの符号をつけた値)に相当します。時間軸\(t\)を\(t+\tau=t^\prime\)とシフトしてあげれば、\(t^\prime=0\)で\(x_0=0\)から始まるスッキリした関係になります。

線形領域と放物型領域

Deal-Grove方程式の解

$$x_0^2+Ax_0 =B (t+\tau) $$

は、線形-放物型方程式と呼ばれます。SiO2膜が薄い初期段階では、\(x_0^2\)が小さく無視できますので、

$$x_0 \simeq \frac{B}{A} (t+\tau) $$

となります。SiO2膜厚\(x_0\)は時間に比例して増加することになります。この近似が成り立つ領域を線形領域(linear region)と呼び、比例係数\(B/A\)は、線形速度定数(linear rate constant)と呼ばれます。

一方、SiO2膜厚\(x_0\)が十分厚くなってくると、\(x_0^2\)に比べて\(Ax_0\)の項が無視できますので、

$$x_0^2 \simeq B (t+\tau) $$

となります。SiO2膜厚\(x_0\)の2乗が時間に比例することになります。この近似が成り立つ領域を放物型領域(parabolic region)と呼び、比例係数\(B\)は、放物型速度定数(parabolic rate constant)と呼ばれます。

SiO2膜厚\(x_0\)の大小によって近似せず、\(x_0\)を一般的な形で表すと、\(x_0>0\)より

$$x_0 =\frac{-A+\sqrt{A^2+4B(t+\tau)}}{2} $$

となります。ここで

$$\frac{x_0}{A/2} =-1+\sqrt{1+\frac{t+\tau}{A^2/4B}} $$

と書き直し、

$$\chi\equiv \frac{x_0}{A/2}$$

$$\theta\equiv \frac{t+\tau}{A^2/4B}$$

と変数変換すると、\(\chi\)と\(\theta\)は

$$\chi =-1+\sqrt{1+\theta} $$

というユニバーサルな関係で表されることになります。

実際、パラメータ\(A\)、\(B\)、\(\tau\)を適切に選ぶと、O2分子を酸化種とする乾燥雰囲気中の酸化(ドライ酸化)でも、H2O分子を酸化種とする水蒸気中の酸化(ウェット酸化)でも、SiO2膜厚\(x_0\)と時間\(t\)の関係を幅広い温度領域で再現することが確認されています。

逆に、線形領域から放物型領域まで、SiO2膜厚\(x_0\)と時間\(t\)の関係を実験で計測して、パラメータ\(A\)、\(B\)、\(\tau\)を抽出してあげれば、その温度依存性などを調べることで、酸化プロセスの素過程に関する多くの手掛かりを得ることができます。

 

Deal-Groveモデル(2)

今回は、Deal-Grove方程式を導出します。ちゃんと勉強するなら、Deal-Groveの原著論文1)や、Grove自身が書いた教科書2)を読んだ方がずっと近道なのですが、この後の記事とのつながりもありますので、簡単に説明しておきます。

導出の方針

Si表面の酸化は、雰囲気中の酸化種分子(O2分子やH2O分子)がSiO2膜に浸透してSi基板に達し、SiO2/Si界面で酸化反応を起こす、という流れで進みます。このことは同位体をマーカーとして使った実験で確認されています。

ただし、Si原子が全く動かないわけではなく、Si基板からSi原子が放出されてSiO2膜中を拡散し、SiO2面膜中やSiO2表面で酸化種分子と出合って酸化反応が起きるという説3)もあります。ドライ酸化に見られる初期の異常な酸化速度は、このSi原子放出が原因だというのです。ただしこの説でも、Si原子の放出量は少量で、SiO2膜の大部分はSiO2/Si界面で形成されると考えられています。よって、おおよその酸化速度は、酸化種分子の輸送プロセスだけ考えれば記述できます。

さて、酸化種分子がSiO2/Si界面に到達してSi基板を酸化するまでには、次の3つの過程を経る必要があります。

  • 第1段階:気相雰囲気中の酸化種分子がSiO2膜表面に到達する過程。
  • 第2段階:酸化種分子が既に存在するSiO2膜中を拡散する過程。
  • 第3段階:SiO2/Si界面に到達した酸化種分子がSi基板を酸化して消費される過程。

以上の3つの段階に対応する酸化種分子の流束(単位時間あたりに単位断面積を通過する酸化種分子数)を\(F_1\)、\( F_2 \)、\(F_3\)と表記し、それぞれを定式化してみましょう。

第1段階:\(F_1\)の定式化

気相中の酸化種分子の流束は、気相中の酸化種の濃度\(C_G\)とSiO2膜表面ごく近傍における酸化種の濃度\(C_S\)の差に比例する線形近似で表すことができます。

$$  F_1=h_G(C_G – C_S) $$

ここで\(h_G\)は気相中の物質輸送係数です。この式の中の、気相の酸化種の濃度\(C_G\)と\(C_S\)を、酸化膜中の酸化種の濃度で置き換えることを考えてみましょう。

一般に、溶液中に溶け込んだ溶質の濃度が薄い場合、溶質の濃度は気体中のその物質の分圧に比例することが知られています。Henryの法則です。今考えている系は固体ですが、SiO2膜中に含まれる酸化種にこのHenryの法則を適用すると、表面近傍の酸化種の濃度\(C_0\)は、定常状態ではSiO2膜表面ごく近傍における酸化種の分圧\(p_S\)に比例すると考えられます。

$$ C_0=H p_S $$

ここで\(H\)はHenryの法則における比例定数です。同様に、SiO2膜中の酸化種の平衡濃度\(C^\ast\)は、気相中の酸化種の分圧\(p_G\)と

$$ C^\ast=H p_G $$

で関係づけられます。

理想気体の状態方程式

$$ p_G=C_G k_B T $$

$$ p_S=C_S k_B T $$

より、気相中の酸化種分子の流束\(F_1\)は、

$$  F_1=\frac{h_G}{Hk_BT}(C^\ast – C_0) \equiv h(C^\ast – C_0)$$

と表されます。\(h\)は言うなれば、SiO2膜中の酸化種濃度で表した場合の気相物質輸送係数、ということになります。

第2段階:\(F_2\)の定式化

SiO2膜中を拡散する酸化種の流束\( F_2 \)は、Fickの第一法則より

$$ F_2=-D_0\frac{dC(x)}{dx}$$

で与えられます。\(D_0\)はSiO2膜中の酸化種分子の拡散係数です。SiO2膜中の酸化種の濃度勾配は

$$ \frac{dC(x)}{dx}=\frac{C_i-C_0}{x_0}$$

で表されるので、

$$ F_2=-D_0\frac{C_i-C_0}{x_0}$$

となります。

第3段階:\(F_3\)の定式化

界面に到達した酸化種分子が酸化反応で消費される速度は、界面の酸化種濃度に比例すると考えられます。よって、界面における酸化反応速度定数を\(k\)と書くと、

$$ F_3=k C_i$$

と与えられます。

Deal-Grove方程式の導出

定常状態を考えると、上記の3つの段階に対応する酸化種分子の流束\(F_1\)、\( F_2 \)、\(F_3\)はつり合っていると考えられます。よって\(F\equiv F_1=F_2=F_3\)の条件を課すと、定常状態の流束\(F\)は

$$ F=\frac{D_0C^\ast}{D_0(1/k+1/h)+x_0}$$

と与えられます。これが、界面の単位面積で単位時間に消費される酸化種分子の個数となります。SiO2膜の成長速度、すなわち、SiO2膜の厚さ\(x_0\)が増える速度は、この流束\(F\)に比例することになります。

SiO2膜の単位体積当たりに取り込まれる酸化種分子の個数を\(N_1\)とおくと、

$$ \frac{dx_0}{dt}=\frac{F}{N_1}=\frac{D_0C^\ast/N_1}{D_0(1/k+1/h)+x_0}$$

という、SiO2膜厚\(x_0\)の時間に関する微分方程式が得られます。これがDeal-Grove方程式です。

以後、この微分方程式を下記のように簡略化して表記します。

$$ \frac{dx_0}{dt}=\frac{B}{A+2x_0}$$

ここで

$$ A=2D_0(1/k+1/h)$$

$$ B=2D_0C^\ast/N_1$$

です。わざわざ分子と分母を2倍した理由は、こうしておくとこの後で求める微分方程式の解がシンプルに表記できるからです。

  1. B. E. Deal, A. S. Grove, J. Appl. Phys. 36, 3770 (1965).
  2. 垂井康夫 監訳, Andrew. S. Grove著, “グローブ 半導体デバイスの基礎,” オーム社 (1995).
  3. H. Kageshima, K. Shiraishi, M. Uematsu, Jpn. J. Appl. Phys., 38, L971, (1999).